ー2025年5月30日ー
はじめに
金原はこの度、リーダー業務を拝命された。その立ち位置と勢いが、会話のアチコチから伺えたのだけれど、このインタビューはホンワカと和やかに進んだ。
津田「金原さんは看護師さんです。看護師さんには何歳の頃になりたいと思ったん?」
金原「私、小児喘息で小さい頃から病院へは頻繁に通ってたんです。
そこで、看護師さんが話しかけてくれてたんですが、小学生と大人なのに、病院へ行くと友達ではないけれど気軽に声掛けできる関係になってました。この関係性も大きな要因だった気もするんだけど、私のところは母子家庭で母親が子供三人を一人で育て上げました。
で、母親は看護師になりたかったけど、病院へ体験に行って血を見た途端に拒絶反応。それがダメで看護師を諦めたという経緯があるんです。
だけど、ちゃんと資格を取ってれば、もし自分が一人になっても子供をしっかり育てられるよ、というので『資格を取りなさい』『手に職を付けなさい』っていうのもあったんです。
その頃、母が介護士、ヘルパーなんですが施設の夜勤もし始めて、私が資格を取るのが先か? 母が資格を取るのが先か? 『二人で一緒に頑張ろう!』みたいな感じになっていたのが私が高校生の頃でした」
津田「そうだったんじゃあ!」
金原「そこから、働きながら親に迷惑を掛けずに資格が取れるなら、というので病院へ就職すると同時に看護学校に行く。昔ながらのやり方? でした」
津田「凄いなあ! お母さんも立派じゃし、娘も立派じゃなあ!」
金原「でも、私は看護師も含めて、今の様な仕事をここまで続けるとは思ってませんでした」
津田「そうなん?」
金原「どこかで、絶対に違う仕事に就くだろうな? って思ってたんですが、何故か途切れることもなく続けて来ました」
津田「なんで、そう思ってたん? 違う仕事に行くかも? って」
金原「結婚したら、そこまで本気で働かなくても良いかなあ? コンビニのアルバイトで良いかなあ? みたいな感じで思う時期もありましたけど……」
津田「だけど、なんで看護師さんを続けてるんじゃろいうなあ?」
金原「結局、新たに仕事を探すときに、自分に慣れてる仕事を求めると看護師に行き着いてしまうということだと想います」
津田「じゃあ、今まで看護師なんだけど、職場としてはいろいろ変わって来てる?」
金原「そうですね。結婚後とか、子供ができたタイミングとかですね」
津田「結婚のタイミングとか、子供のタイミングというのは、それは働き方を変えるということ?」
金原「そうですね」
津田「例えば、常勤からパートへとか?」
金原「パートはほとんどやってません。3人目を産んで、半年目で復帰したので」
津田「凄いな! コンビニのバイトを考えてた人が産後半年で復帰した」
金原「そのときは訪問看護ステーションで人もいなかったので、半年で復帰となりました。ただ、子供が小さかったこともあり最初はパートということだったんですが、直ぐに正社員で働き始めたんです。だから、ずっと働いてます」
津田「今、そういう資格を取って、この仕事に就いて、それは良かった?」
金原「結果としては良かったですね」
津田「あのとき、手に職をつけて良かった、みたいな?」
金原「そんな感じですかね?」
津田「でも、看護師さんが合ってるよな」
金原「うーん? でも、今、 “本当の医療の現場に出ろ”と言われたら、多分、分からないと思います」
津田「 “本当の医療現場”っていうのは? 救急とか?」
金原「最新の医療の現場となると分かりません」
津田「まあ、それはね」
金原「だけど、子育てのタイミングで訪問看護の後にデイサービスを経験したからこそ、多分、今ここで働いていても違和感もなくやっていけてるんだと思ってます」
津田「ありがたいことです」
金原「看護師から突然に “ぶどうの家”の様な所で働くというのは難しい気もしますから」
津田「同じ看護師さんでも、そこそこで異なるよね? 救急とか病棟とか外来とかで。外来でも科によってね。そこから高齢とか障害もあるから。一様じゃないね。で、デイサービスは訪問看護から行ったの?」
金原「訪問看護からです。一番下の子が小学校に上がるタイミングで、日勤帯で決まった時間で働きたいというのもあったのでデイサービスを選びました」
津田「訪看からデイサービスに行ったときは戸惑いはなかった?」
金原「でも、経験したことない所を経験してみたい。というのはあったんで、そのときはショートステイかデイサービスか? って言われて、デイサービスを選択したんですよ」
津田「良いよな。そうやって手に職があると」
金原「いろいろと経験も出来ます」
津田「今の職場はどうですか?」
金原「ここは、久保さんの紹介で。で、久保さんからは、かなり以前から声を掛けてもらってて、お互いがお互いを『私のところに来ない?』って」
津田「本当!! お互いに誘ってたんじゃ」
金原「だけど、私の方は病院でしっかりはしてるけど、どうなんかなあ?
って感じになってて……転職を視野に他への見学にも行ってて、
そんな矢先、久保さんから改めて声が掛かり見学に来てみたら『こんな所があるんだなあ!』という印象が最初でした。
施設という雰囲気の所しか知らないので『こんなに、家みたいに過ごせる所があるんじゃな』という驚きはありました」
津田「建物だけじゃなくて?」
金原「そうです」
津田「ここでの過ごし方も?」
金原「皆で調理の準備をしてたり、片付けて、お皿拭いたりとか。いろんな仕事を利用者さんも手伝ってる」
津田「自由じゃもんな!」
金原「自由です」
津田「なるほどなあ!」
金原「とても穏やかな雰囲気が。最初に来たとき」
津田「良かった。そこに違和感を感じずに『こんな所もあるんだ』ってなって、入ってくれてそのままシューーと馴染んでくれて」
金原「馴染んでますかねえ?」
津田「馴染んどると思うんじゃけどなあ。自分では戸惑いがあった?」
金原「最初、訪問へ行く件数の多さには “ウワー!!”と思うときもあって、 “ぶどうの家”しか見ないで就職を決めて、いざ来て訪問に出てみたら『こんな件数を一人で廻るの?』みたいなときは確かにありました。でも、久保さんが『時間を掛けるところは掛けて、掛けないところは必要最小限で良いから』と。『自分でここに時間を掛けたいというのを決めてしまえばスムーズに行けるよ』って言われたのをずっと頭に置いといて、すると負担は軽減されて」
津田「良いアドバイスだったね」
金原「全部が全部に時間を掛けるんじゃなくて、必要なところに時間を掛ける」
津田「多いときは一日9件? 10件?」
金原「いえいえ。当初はもっと行ってました。」
津田「14 15件?」
金原「外回りが一人指名されているやり方で、今みたいに分担ではなくて、利用者さんももちろん少なかったけど送迎も訪問も一人がやるという形で進めていたと記憶してます」
津田「スタッフも少なかったしなあ!」
金原「記録の件数がすごく多くて」
津田「確かにな。真備は一軒一軒が近いので、そういうことが出来るんよなあ。
この家から次の家への訪問が30分とかだと到底無理だけど、ほとんどが10分以内で移動出来るから。
移動に2分というのもあるしね。それが強みというのもあるけど、それだけの訪問を一人でちゃんとこなそうと思うと凄いプレッシャーじゃし、大変だとは思うけど?
でも、訪問の意味合いが分かってくれば、そこまで大変ではなくなるということね。
『この人にはこれが必要な訪問だから、そこに力を当然入れるけど、そんなにあれもこれもと思わなくて良いよ』ときには『この人の様子が普段と異なるから時間を掛けてジックリと関わらないといけない』。そんな風にメリハリを付けられるようになったら分かる。ということかな?」
金原「です、です」
津田「じゃけん、新しい人が来てもそこは戸惑うかもしれんね?」
金原「ですよね。でも、私も久保さんから言われてたように伝えてはいるんです。全員が全員、同じように時間を掛けようとすると終わらないから、今日はこの人に時間を掛けるって自分の中で決めて動く。すると、何分までにどこそこ終わらせて、とかで動けば、ちゃんと自分で計算している時間内では終わると思うよ。なにも変わったことがなければ。という話はいつもさせてもらってるんです」
津田「良いよね! ちゃんとアドバイスが次へ次へと新しい人に引き継がれていくっていうのはね。そうやって訪問で、皆の顔とか様子が分かっているから、介護の場面で見る様子もデイのときとは違うんじゃないかな?」
金原「そうですね。『今日、ここが朝こうだったから通いのお風呂のときに全身を観察せんといけんなあ!』とか、シッカリと情報がある状況で受け入れてるので、皆が『これ、どうなんかなあ?』とか、朝入った職員が『ここが、こうだったんだけど、通いのときに看護師さんに見て欲しい』って言われたら必ず見るし。だから、情報はシッカリ共有できてるはずです。事業所がバラバラだと、全然そういう情報も入ってこないし『どうしたんコレ?』っていうことも…」
津田「デイサービスでな? お風呂入れて、アレッ」!! みたいな」
金原「『この傷、いつからあるん?』とか。そんな感じではあったけど、それも無いし」
津田「そういう意味では本当に、24時間をキッチリとサポートできてる。という感じはあるもんな。だから、凄い頼りになるよね看護師さんたちが。いてくれるっていうことが」
金原「かな?」(二人で爆笑)
津田「ここが、小規模から看護小規模多機能に一年少し前に変わったけど、それはどう?」
金原「それは、私にはそのつもりはなく、最初の状態のままで職員が必要って思って来てたので、まさか、そんな事業が大きくなるとか思ってもなかったです。とはいえ、『看護師さんも来たし、そういう風にしたいんだ』って言われたら、『嗚呼っ!! 自分がここに来て役に立ってるんだな』っていうか…」
津田「そりゃあ、役に立ってるよ。すごーく!!」
金原「『シッカリせんといけんな』って」(苦笑い)
津田「シッカリしてると思ってますよ、私は。で、利用者さんも、年月を追うとどうしても重度化していくし、終末期を迎える人も増えてきて、そこに看護師さんたちがいてくれるということは介護の人たちにとっても安心感に繋がるからね。『この人に本当に食べてもらって良いんじゃろうか?』とか『この人、今日お風呂入れてあげたいんじゃけど少し心配』とかの気掛かりがあっても、看護師さんがいてくれるっていうだけで後押しされるから、看護師さんの存在は大きいなあ! 」
金原「はい」
津田「ちゃんとね、家で最期まで過ごせる」
金原「それですね。なかなか難しいことだけど、ここまでサポートできる施設って本当、看多機ならではですもんね。ここに来てからも、ずっと小規模の頃から見てる方が何人もいらっしゃったけど、去年・一昨年くらいからチョコチョコとお亡くなりにはなられたけど、皆さん慣れた家で最期まで過ごせたので」
津田「本当に、そう。それを一緒に看た、看切った家族も、やはり違うよね」
金原「『何かあったら誰かが来てくれる』とか『看護師さんがいてくれる』とか、必要に応じた対応をしてもらえるし心強いんじゃないかなあ!」
津田「電話で直に相談できるし心強いだろうな、とも思う。本当に最期まで看ても、利用者さんの亡くなったときの顔が『皆、良い顔をしてるな』って。なんて表現すれば良いのかなあ?……自分で満足して、その瞬時を迎えたんだな、って」
金原「最期についてはOさんが印象に残ってて、当日の朝まで新聞を読んで、アンパンを口に運び、その数時間後に自分から『しんどい』ってコールを押してから、職員が到着して呼吸停止だったんで、あのときは本当にビックリしたんです。なんですが、『凄いなあ!』とも正直思いました」
津田「流石よね。あれは流石だった。自分で、最期まで生きたよな」
金原「そうですね。 “自分らしく”を貫いた」
津田「そうそう。貫いた。一本、持ってたよな。スッゴイ我儘に見える部分もあったけど……」(二人納得し合いながら微笑む)
金原「あったけど、でも、ときには甘えてるのも理解できたし。だから、元々知ってる職員には見せたくない部分も新しい職員には見せたり、とかいうのも分かっていたから」
津田「そういうのも全部を引っくるめて理解し、分かってくれる職員たちに見守られてて幸せだったよね。あの最期は、なんか羨ましかった」
金原「ですよねー!!」(染み染みと納得し合う)
津田「S子さんも凄かったけどな。『看取りです』って言われて2年くらい生きてるもんな。でも、あの夫婦にはいろんなことを教えてもらったよなあ!」
金原「私はここに来て3年だけど、それこそ、ここが出来た頃からのお付き合いじゃないですか皆さん。だから多分、私以上にたくさんのことを学んでるし、じゃけえ、本人たちの“やりたいことを一緒にやる”とか、そういうのをシッカリと心に持って仕事をしてるんだろうな、と思って」
津田「そういう風に “やりたいことを言ってもらえる”関係性っていうのが、素晴らしいなあ! なかなか、やりたいことを言えんけんなあ! 他の人には」
金原「他の人には言えないですね」
津田「それを言ってもらえる関係が築けてる、っていうのが素晴らしいと思う。
もちろん、、それを叶えようという姿勢も素晴らしい。多分、お年寄りの場合、今日そうしたいと言っても明日があるとは限らない。『じゃあ、また明日ね』とか『今度来たときにしようね』って言ってても、今度はないかもしれない?
今日、元気で別れた人が次に来るという保証はないからね。
若い人とは比較にならないほどに。って思うとやはり、今言ってくれたそれを、 “出来るだけその時に” “出来るだけ早く”実現しなきゃなあ! みたいなところもあると思うけど、皆、それは一生懸命やってくれてる。
そういう姿勢が伝わるから、やりたいことをちゃんと皆が言ってくれる。職員も凄い!」
金原「職員も凄いね」
津田「金原さんも凄いんですけどー…」(津田一人で爆笑)
金原「ふふふふふっ」(苦笑い)
津田「金原さん、これからやりたいことってある? ここでやりたいことでも、プライベートでやりたいことでも」
金原「自分のことはあまり欲がないので……やりたいことかあ? どうでしょう?」
津田「流されるままに?」
金原「流されるままに、というか……今回、真備のリーダーを言われたので、凄い責任を持って仕事をせんといけんなあ!って。今まで以上には思ってるし、いろんなことにシッカリと目を向けていかんといけんなと覚悟もしてるので、周囲の状況を良く見ながら動いていきたいな、と」
津田「素晴らしい! なんせ、出来る人じゃけんな」
金原「そんな!? 出来ないですー」
津田「そうやってな『前に出るの嫌なんですー』とか以前も言っとたけどなあ……」(津田一人で大爆笑)
金原「嫌なんです」
津田「でも、出来るから、望まれるとドンドコドンドコと前に押し出されていくんだろうな」
金原「出たくないんですよ」
津田「私もなんよ。私も、とにかく出たくないんよ。本当に!」(二人で大爆笑)
金原「でもね、それをここで、いろいろとやらせてもらっているので少しずつは克服してるのかな? とは思ってます」
津田「メキメキと変わってくるというか?」
金原「えっ!! そうなんですかね?」
津田「凄いな! と思ってる。本当に!」
金原「ありがとうございます」
津田「ちゃんと自信を持って突き進んでくれたら、バッチリだと確信しています。是非よろしくお願いします」
金原「こちらこそ、よろしくお願いします」
今回、看護小規模多機能の役割について、改めて認知することも多かった。
特に、利用者さん宅への訪問時についての二人のやりとりは興味深かった。
“とことん在宅にこだわる”。 “ぶどうの家”の理念を貫く強い姿勢の一端が良く理解できた。