ー2025年3月30日ー
はじめに
佐々木は “ぶどうの家”に入職して1ヶ月少々。対談形式は取っているものの、津田からの問いかけに応答がなかなか出てこない。それでも一生懸命に考え、真摯に声にしてくれた。場は、爆笑とは無縁に粛々と進んだ。
津田「佐々木さんは“ぶどうの家”に来て今日で1ヶ月程かな?」
佐々木「1ヶ月半くらいになります」
津田「なぜ、“ぶどうの家”に来ようと思ったんですか?」
佐々木「なぜ? と言われても……ここが地元も地元ということもありますし、こういう仕事がしたかったからです。主にはそんな感じです」
津田「介護の仕事がしたかった?」
佐々木「そうです」
津田「以前は、どのような仕事だったんですか?」
佐々木「クレーンの運転をしていました」
津田「クレーン? クレーンっていうのは?」
佐々木「大きい重量物を持ち上げて、というような作業をしてました」
津田「主に、どんな現場で働くんでしょうか?」
佐々木「ヤードって分かりますか?」
津田「ヤード? ヤード??」
佐々木「工場の中なんですが、そこで運転をしていたんです」
津田「工場の中で、なにかを釣り上げて移動させて降ろす?」
佐々木「そうです」
津田「私が理解できないから聞きますけど、クレーンというのはロープがあって、そのロープで物を縛って持ち上げて…ということですか?」
佐々木「その作業もありますけど、物を挟むんです。分かりやすく言えば、ゲームセンターのUFOキャッチャーみたいな感じなんですよ。挟んで持ち上げて、移動させる」
津田「ホー!! そうなんじゃー! どんな物を運ぶんですか?」
佐々木「スラブとか言っても分からないですよね?」
津田「スラブ? なんですか?」
佐々木「簡単に言えば鉄の塊なんですけど…」
津田「だから磁石で引っ付ける?」
佐々木「そのときは別の機械なんですが、挟んで釣り上げて移動させる。30トンとかですね」
津田「30トン?」(ビックリ仰天の声が上がる)
佐々木「大きいのは」
津田「30トンの鉄の塊を一人で移動するということ?」
佐々木「そうなんですよ」
津田「へーー!! 凄い仕事じゃないですか?」
佐々木「それ以上に大きなのもあるんですけど、ま、いろいろです」
津田「へーー~ー!! じゃあ、鉄の塊が相手で、機械を使ってそういう仕事をしてたということですね」
佐々木「大まかにはそんな感じです」
津田「でも、今度はガラッと変わるじゃないですか?」
佐々木「全然違います」
津田「人が相手で、自分の体を使って、その方に移動してもらったりってことですよね」
佐々木「そうです」
津田「だから、武器になるのは機械じゃなくて自分自身じゃないですか。自分自身が道具ですよね。クレーン車の代わりが自分だから。凄く違いますよね」
佐々木「はい」
津田「多分、今までだったらクレーン車を自分で操縦して、指示を伝えてやろうと思えば、ある程度は自分の意思通りに動かせたんじゃないですか?」
佐々木「そうですね。自分のやり方次第で」
津田「いろいろ工夫はあったと思うけど……でも今度は、なかなか違いますよね?」
佐々木「そうですね。ま、人の命というのは、そこでも同様だったんですが、周りを見て誰も居ないか? を確認して。落ちたら大変なんで」
津田「そうですよね。私も重機を練習してるけど…」
佐々木「えっ!! そうなんですか? 重機? ショベルカー?」
津田「そうなんですよ。鋏とか」
佐々木「鋏? あっ!! ありますね」
津田「練習してますけど、やはり周囲の安全確認とか、自分自身もそうだし、それが一番ですよね」
佐々木「そうなんです。先ずは安全確認です」
津田「そういう命に直結しているという点では、ある意味一緒かもしれないけど…」
佐々木「その点では一緒ですけど、やはり、違うところもありますね」
津田「じゃあ、佐々木さんの中で、どういうところの違いがありますか?」
佐々木「うーーん? 人と人の直接の触れ合い。そこが全然違いますよね。物を扱うとかではないんで、そこが最も異なるところですね」
津田「自分という人がいて、相手がいて、周りに他の職員もいて、っていうのが全然違うんですね?」
佐々木「そうです」
津田「佐々木さんが、機械というか重機というか? クレーン車から介護へというのを選んだのは直結? それとも間に何かあって?」
佐々木「何もありません。直結です」
津田「ええっ!! あまりにも違うじゃないですか?」
佐々木「全然ちがいますよ」
津田「でしょ! だから、なんで選んだのかって、不思議ではあるんですよ。クレーン車の世界から介護の世界へ。しかも58歳という年齢で飛び込んだ。なんで? って。 女性ならある気もするんだけど、男性が180度。ある意味、それ以上に異なる世界へ。良く踏み切ったなあ! って。きっかけってあったんですか?」
佐々木「きっかけですか? きっかけは、まあ、私は祖父ちゃん祖母ちゃん子だったんですけど、一緒に生活してました。そういうのも関係してるような気がします。それと自分の中では、人の役に立ちたい。というのもあったはずです」
津田「お年寄りが好きだなあ! っていうのと、役に立ちたいっていうので、じゃあ介護の世界に飛び込んでみよう。ってところだったんですかね?」
佐々木「そんな様な……」
津田「でも、周りの反対もあったでしょう? あまりにも仕事内容が異なるし、家族もいるじゃないですか? 多分、クレーンの仕事の方が収入も良いでしょうし。あっ!! 子供さんはもう自立しましたか?」
佐々木「自立してます」
津田「それにしてもね。早期退職で退職金をいっぱい貰えたとか?」
佐々木「それはないです。満期の方が多いんで」
津田「そうなんだ。定年まで働いた方が退職金もたくさん貰える。だけど、お金よりも自分のやり甲斐とかの道を選択した。ということですね?」
佐々木「人生、もう短いですからね」
津田「オオッ!!」
佐々木「もう良いかな? と思い始めたんですよ。で、自分のやりたいことをやろう、と。妻からの反対はあったんですけどね」
津田「あるでしょうね、当然」
佐々木「でも、最終的には『やりたいんなら頑張って!』って言ってくれました」
津田「素敵な奥さんですね。60歳手前で、自分のやりたいことをやるんなら最後のチャンスだ、みたいな気持ち」
佐々木「そうだと思います。人生短いというか? いつまで元気でいられるか? 何が幸せかって分からないじゃないですか?」
津田「そうですね! クレーン車の世界も極めて来られたんですもんね。じゃあ、大きく変わった介護の世界に入ってみて、どうですか?」
佐々木「やり甲斐がありますね」
津田「どういうとき、やり甲斐を感じますか?」
佐々木「やはり、利用者さんの笑顔と向き合えた瞬時、ですね。話してみて、言ってることが通じているのか? どうか? 分からないんですが、微笑んでくれると嬉しいです。『ありがとう』の言葉もですね」
津田「今、小規模多機能の全国連絡会の中で『良い介護ってなんだろう?』っていうので、研究事業をやってます。その中でいろいろ分析をすると、皆さんから出てくるのは “笑顔” “感謝” “役割”。
そういうところに、やり甲斐を感じるっていう意見が凄く強いんですよ。で、佐々木さんの声を聞いて『やはりそうなんだ!』と思えた。しかも、ここに来て1ヶ月少々の方がそう感じるということだから、余計に実感が湧きました」
佐々木「そうなんですね」
津田「今まではキッチリとマニュアルがあったり、男性社会なんでハラスメントに対してもいろいろ指導があって勉強もしてこられてる。だから、余計に敏感になるのかな? そんな風に感じますけどね?」
佐々木「先ず、女性社員に “ちゃん付け”はアウトなんです。セクハラになります。 “××さん”じゃないと。ただ、女性同士だとどうなんでしょうか? 関係性もあるんでしょうけれどね。兎に角、発言する前に考えてしまいます。良し悪しを!」
津田「つまり、ハラスメントについては厳しく学んで来たんだ。そうであるから、余計に慎重になってる」
佐々木「そうなんです。かなり慎重になってます」
津田「介護の世界って正解がないというか? 正解がないということは不正解もないというか? やってみながら検証していくことが多いかな? って」
佐々木「それも難しい一つだと思うんですよ」
津田「きっとね!」
佐々木「以前は、そういうことはありませんでしたから。これが正解。それ以外はダメ」
津田「不正解」
佐々木「そうなんです。不正解です」
津田「佐々木さんは正解が一つしかない世界でやってきてるけど、実は介護の世界って正解だらけなんですよ。
やってみて当たりかもしれない? 違うかもしれない?
でも、チャレンジする中に正解が含まれているので、いろんなやり方でチャレンジする・トライするっていうのが正解だと思っています。
多分、やり方が全く異なるので、余計に佐々木さんの中で戸惑いがあるんだなあ? とは思うんですよね」
佐々木「その辺りが難しいんだと思います。いろいろ」
津田「恐れずにやってもらえば良いと思います。これをやったらダメかな? とか、言ったらダメかな? とか、っていうよりも、言ってみる・やってみる。で、ダメなら『そこ違うんよ』って周りが教えてくれるし。
例えば『佐々木さんがハラスメントを凄く心配してるんよ』っていうのもシッカリ周囲にも伝えてもらって…先ずは佐々木さんから自分の気持ちを伝えてもらってね。で、ちゃんと話し掛ければ、その辺りは皆が受け入れてくれると思いますよ。
本当にハラスメントだったらハラスメントだって言うし。言われたら『あっ!! これがダメなんだ』って。そこで学べば良いし」
佐々木「そうなんですね? 先ずは話さないとね」
津田「そうです。そうなんです。今、1ヶ月少々を掛けて佐々木さんは、やっとそこまで来たんです。
多分、そこにもう一歩大きな山があるんですけど、それを越えた先には佐々木さんが言ってた “ありがとう” “感謝” “笑顔”っていうのが広がってるので、その第一歩が出れば良いんだなあ! と思い、期待もしています」
佐々木「そうですね」
津田「でも、もう直ぐそこですよね? 来てますよね? 良いところまで来てますよね?」
佐々木「うーーーん??」
津田「えっ!? 自分じゃ分からない?」
佐々木「ちょっと、自分では分からないです」
津田「えええっ!! そうですか?」
佐々木「日々、一生懸命にやるだけなんで。何から何まで違うし、教えてもらうことばかりですから」
津田「だから、そういう風に思えてる佐々木さんが居るので、もう直ぐそこに来てるんだなあ! と感じるんですよね。『教えてもらおう』って思う姿勢が言葉で現れてるし、次の一歩は上がってますよ」
佐々木「そうですかね? 日々、勉強だらけですよ」
@ここに来てやっと、佐々木の表情に笑顔が浮かんだ。
津田「でも、本当に凄いです。違う世界に飛び込んで! しかも、それが自分のやりたいことだと思えてる」
佐々木「自分でも思うんです。何十年も勤務した会社ですが、辞めて良かった、と。全く後悔がないんです」
津田「後悔がない?」
佐々木「そうなんです。むしろ、もっと早ければ良かった。息子が卒業して就職して、直ぐに辞めておけば良かった。私の年齢になると、1年・2年が大きいですからね」
津田「後悔があるとすれば、もう1年・2年、早く介護の世界に飛び込んでいたかった? ということだけど、それはドンドン取り返せますよ。私がなにより凄いと思うのは、佐々木さんが今まで何十年も違う仕事をしていたということ。
介護の世界って、人生に於いて無駄になっていることは無いと思うんですね。今まで、自分が他の仕事で積み上げて来たことが全部活かせるのが介護の仕事だと思うんです。だから佐々木さんが、今までマニュアルの世界とか男性社会とか、機械を操作しながらとか……でも、安全性を第一にとかね。
そういう世界の中で、自分が経験し身に付けてきたものは、介護の世界でも必ず活かせる場面はあります。だから、そういう世界を経験してきた佐々木さんに期待もしてるんですよ」
佐々木「ありがとうございます」
津田「はい。絶対に良くなると思います。あと5年経ったら、佐々木さんが “大正解”ってもっと言うと思いますよ」
佐々木「そうですかね? 頑張っていきます」(二人で笑い合う)
津田「是非、よろしくお願いします。ところで、佐々木さんがここで、もっとこういう事がしたい! みたいなことはありますか?」
佐々木「今は、まだ想像もできませんね。一人前になることに一生懸命なんで、それが出来た後になら考えられるかもしれないんですが……今、目の前のことで精一杯です」
津田「流石、男社会で生きてきたならではの言葉ですね。でも、そうやって自分で振り返りながら、一歩一歩進んで行ってもらえたら凄く良いなと思います」
佐々木「ありがとうございます」
津田「では最後に、私に注文とか要望とかありますか?」
佐々木「仕事での現状には満足してるんですが…………休憩が」
津田「休憩? あっ!! なかなかね?」
佐々木「なにも考えなくて良い時間があった方が、パフォーマンスも上がるんじゃないか? と思うんですけどもね」
津田「数日前に確認したら、休憩時間は書いてあるよね?」
佐々木「あります」
津田「だけど、他の人があまり取ってないから佐々木さんとしては取りにくいんよね?」
佐々木「取りにくいんです」
津田「遠慮なく取ってくださいね。で、多分ね、それを佐々木さんが実践してくれることで、他の人も取りやすくなるから。佐々木さんが遠慮して『まあ、いいや』となると……他の人は、佐々木さんが言う現場を離れてまでの休憩を取らないことが苦痛になってないんですよ。
だから取ってないように見えるし、忙しいときは予定時間で取れなくても後で取れるし、というのもあると思うけど。でも、本当は取れるけど『まあ、いいや』とか、ここの建物から出て、休憩する場所に行くのも億劫だったりとか、っていうので、自分の意思で休憩を取らないことを選んでる人たちもいる。
実はこの前、確認したんですよ。だけど、佐々木さんがシッカリと取ってくれたら、そうすると皆も『私も休憩を取ろうかなあ!』ってなるだろうし。なので、休憩は必ず取ってもらって、パフォーマンスも上げてもらえれば、なによりです。ただね、佐々木さんが長年いた世界と介護の世界では流れも感覚も微妙に異なるから。でも、新しい風も吹いてもらわないとね」
野田→佐々木「単刀直入に聞きます。利用者さんのオムツ交換。下の世話に対しての嫌悪感はありませんでしたか?」
佐々木「それについては入職前、周りの人たちからも指摘されたんです。
『大変だよ。大丈夫?』って。自分自身でも、マイナス面を想像はしました。
でも、現場で実践してみると杞憂でしたね。技術的には日々精進ですが、気持ち的にはストレスにはなってませんから」
佐々木からは常時、緊張感が伝わってきた。後半に入って、佐々木に初めて笑顔が浮かんでからは、言葉も段々に多くなった。やれやれお疲れ様でした。休憩が気兼ねなく取れますように!