[第37回]

住宅型有料老人ホームぶどうの家花帽子

介護職員・清水雅彦(65歳)


ー2026年6月10日ー

はじめに

 

この対談は介護現場に入ってる最中、勤務中に時間を割いてもらって行っている。今回、現場の諸事情から短縮時間設定になってしまったが、 “人に歴史あり”を印象付けられる清水だった。

|対談のコンセプトから家族構成へ

津田「清水さん、“ぶどうの家”のホームページとかでこの対談について見たり読んだりしたことはあった?」

 

清水「いえ、私はこの対談については全く知りませんでした」

 

津田「そうなんじゃ! 『知りませんでした』、ね!!」

 

清水「はい。ホームページがあるのは知ってましたけど…一昨日、管理者の原さんから聞いて知った次第です」

 

津田「了解です。で、この企画は、私が職員さんたちを今以上に知りたいということと、職員さんから私や会社に要望があれば耳を傾けますよ。というコンセプトで行っています」

 

清水「はい。承知しました」

 

津田「では、清水さんはここに勤務して何年になるんでしょうか?」

 

清水「そうですね。10年近くなるんでしょうね? おそらく」

 

津田「だいぶ経ちましたもんね。で、清水さんは奥さんと、子供さんが何人おられるんですか?」

 

清水「3人です」

 

津田「もう大きくなりましたね?」

 

清水「一番上が、ボチボチ30歳近くなるんでしょうか? 性格な歳は記憶しておりません」(二人爆笑)

 

津田「一番下は?」

 

清水「今、大学1年生です」

 

津田「じゃあ、皆さん成人に! お疲れ様でした。で、清水さんはいつから介護をしてるんですか?」

 

|介護キャリア

清水「介護? お年寄りに限定すれば、ここに入社してからですから約10年。

ここ以前に障害系に5年ほどでトータル15年?障害系はパート パートで入ってましたから」

 

津田「パート?」

 

清水「本職は電気屋をしながら、お休みの日に障害のある方のサポートをしていたということなんです」

 

津田「そうそう。清水さんは電気屋さんだった! でも、介護に15年は長いね。
電気屋さんが主で、アルバイトとかパートで障害系のことをやってたというのは、どんなことをやってたん? ヘルパー?」

 

清水「外出援助がメインでした」

 

津田「なぜ、それをやろうと思ったんですか?」


|長女を4歳で亡くす

清水「ヘルパー2級を取得して『とりあえず、何かできることはないかなあ?』というところで……最初に産まれた娘がお世話になっていた先に声を掛けたら『こういうことが出来るよ』ということで」

 

津田「最初に産まれた娘さんがお世話になった先、というのは?」

 

清水「娘が施設にお世話になってたんです。それがご縁で」

 

津田「で、声を掛けたら『こういうお仕事あるよ』って」

 

清水「そうなんです。『ヘルパー2級を持ってるんだったら、これ出来るよ』と」

 

津田「ヘルパーを取得したのは、なぜ?」

 

清水「一番最初に産まれた娘が、産まれるときの事故と表現すれば良いのかなあ? 
仮死状態で産まれ、低酸素脳症ということで手が動かない、足が動かない、目は見えない、自分で体温が調整できない。
というところで、介護に興味を持つという以上に
“せざる得ない”という実情でした。

ただ、なぜか? 若い頃から福祉の仕事には興味があったんです。
なにも知らなかったですが授産施設って言うんですかね? 就職するのなら、どこか事務所に行って作り物をして、それで生活する。障害ある方のお手伝いが出来れば良いかなあ? と思いながら高校を卒業しました。
ただ、高校は電気科だったんで電気屋になったんですけどね」(苦笑い)

 

 

 

 

津田「じゃあ、結婚する以前から福祉の仕事に興味はあったんだ?」

 

清水「そうなんですよ。なぜか?」

 

津田「運命かな? こういう仕事をしてるのも」

 

清水「どうなんでしょうね? そうかもしれませんね」

 

津田「娘さん、かなり重度よね? 目が見えない。手足が動かないとなるとね」

 

清水「その娘は4歳で亡くなったんですけどね」

 

津田「じゃあ、3人って言われたのは?」

 

清水「上が男2人。一番下の娘が大学1年生の3人です」

 

津田「じゃあ、4人おられたんだね」

 

清水「そうなんです」

 

津田「その娘さんのお世話とかもしつつ、障害系の世界に行ってみよう、と」

 

清水「そうなんです。スタートはそこです」

 

津田「実際そういう仕事をしてみて、どうでした? 外出支援とか」

 

清水「うーーん!! 一言で言えば、大変」

 

津田「大変?」

 

清水「意思疎通も難しい方だったんです。で、水が好きな方だったんで、目を離すと水溜まりに飛び込んだり、走ってる車からドアを開けて降りようとしたり。

だから、その人の身を守るのが第一でした。なので、その人のやりたいこともさせてあげられないし、なにをさせてあげたいのかも分からない。そんな状況でも3年ほどはお付き合いがありました。回数は少なかったんですけれどね」

 

 

津田「そうなんじゃ。で、そこから、どうしてお年寄りの方へ? 転身というか?」

|奥さんに許可なく廃業

清水「やはり、電気屋の仕事をしながらでも、どこかに引っかかってたんですよね。福祉の仕事に。転職するんなら50代半ば? リミットかなあ? と。私の判断ですけどね。で、急でしたが『電気屋を辞める』と言って辞めました」

 

津田「えっ!! 急に?」

 

清水「急にです。前置きなしでした」

 

津田「電気屋さんは自分で店舗を持ってたん?」

 

清水「店舗は持たずに、道具箱だけ持って車へ乗せてアッチコッチへ行くんです」

 

津田「修理して下さい、とかって呼ばれるわけ?」

 

清水「例えば携帯電話の部品とか、半導体の政策装置とか、大きいのでしたら水島のプラントの設計も出来たんで、設計をしたり。だから、 “身体一つ腕一つ”でずっと。」

 

津田「それなりのキャリアだもんね」

 

 

清水「お客さんも付いてくれてましたから」

 

津田「そうだよね。なのに、それを突然に?」

 

清水「はい」

 

津田「ホ~」(津田 ギャハハハーと驚きの爆笑)

 

清水「そうしないと辞めれないんです」

 

 

津田「思いっきりが必要だった?」


 

 

 

清水「そうですね。タイミングを見計らって辞めないと、ズルズルと引っ張られるんですよ」

 

津田「求められてるからね」

 

清水「だから『辞めます』。一言でした。嫁にも事前に言わず」

 

津田「それは怒ったでしょう?」

 

清水「どうだったかなあ? 怒ったというより、戸惑ったみたいでしたね。顧客先から『来てくれんか?』とか『どうして辞めるん?』とかの問い合わせを、全て嫁に丸投げしてましたから」

 

津田「そうなんじゃ!」

 

清水「私が出たら、ついつい『分かった』って言っちゃうから」

 

津田「奥さんも大変だったんだ。奥さん、栄養士さんとかじゃなかった?」

 

清水「私同様に福祉系です。ヘルパー2級は私が取った後に直ぐに取りました。老人関係も若干しながら、メインは児童関係をしてたのかな? で、私が電気屋を辞める頃は、多分、放課後デイサービスとかに?」

 

津田「ああっ!! アッチ系ね」

 

清水「アッチの方だったかも? です」

 

津田「じゃあ清水さんは、もうお年寄りの方へ全面的に移行ということで」

 

清水「そうなりますね」

 

津田「それで、自分の思い描いていた介護が出来ましたか?」

 

清水「なかなか、そうは出来ませんでしたね。理想と現実は?」

|機械関係からの転職

津田「今、本家にも50代半ばで機械関係から転職した人がいるんです」

 

清水「ああっ! 一人おられますね」

 

津田「彼も凄く戸惑ってるんよ。今までは機械相手だったのが人になったし、仕事内容がガラッと変わるじゃないですか? でも、彼もずっと福祉の仕事に携わりたかったんだって。それで、清水さんと一緒で『今しかない』と思って転職してきてくれた。だから、清水さんと仲良くなれるかもしれない?」

 

清水「そうですね。でも、あの方、あまり人と接するのが得意じゃないような? それは私にも言えることなんですけどね」

 

津田「似てる?」

 

清水「似てますね」

 

津田「今まで人を相手の仕事じゃなかったから、凄い難しいみたい」

 

清水「ですよね」

 

津田「どういう風に距離を取ったら良いか? 分からないみたい」

 

清水「それもあるでしょうしね? でも慣れだとは思います」

|津田社長への要望

津田「じゃあ、私への要望とかはあるかなあ?」

 

清水「そうですね。ウ~ム!? 端的に言えば、ちょっと前の“ぶどうの家”を維持してもらいたいなあ? ストレートに言えば、社長の想いをもっと前に出してもらっても良いんじゃないかな? と。私は思います」

 

津田「ちょっと前というのは?」

 

清水「そうですね。5年ほど前くらいかな? 時期的にどうこう言うのは難しいんですが……」

 

津田「私の想いが今、届いてないということね?」

 

清水「なんか、そういう気がしますね。
一時期、社長がパソコンを使って動画を観せてくれたり、というのがあったときに『嗚呼!! なんか社長、やってくれたなあ!』っていうのがあったんですが、それ以降はないし。

やはり、組織が大きくなると、トップというか? 一番最初の想いが一番下まで届かない。他では極普通にあるんでしょうが、ここ
“ぶどうの家”では無くして欲しいです。そこは常々思ってるんです」

 

津田「どうしたら良いと思う?」

 

清水「どうしたら? 本来はトップダウンで、原さんとかに伝えていって下すのが一番なんでしょうけれど、今の現状では無理なんで。申し訳ないんですが津田さんから掛けてもらわないと、とは思うんです」

 

津田「なるほど。でも、ちょっとずつ組織改革もしてるので、これからそれが現れてくると良いなあ! と思ってるんだけどね」

 

清水「組織改革、それは結構難しいかなあ? とは思いますけどねえ」

 

津田「難しいね」

 

清水「でも、何もしないよりは、ね」

 

津田「清水さんみたいに、分かってくれる人が一人でも二人でもいて、そういう人が増えていくっていうのが一番大事だと思うから、そういう方向でやっていかんといけんなと思って」

 

清水「私が、何を? どう分かってるか? というのを自分でも良く分からない、というのはあるんですけど、私の理想も含め…」

 

津田「そういう、 “花帽子をこれからどうしていきたい”とかさ、そういう皆の思いとか理想とか、それを語る場が欲しいな」

 

|語り場

清水「そうですよね。それは欲しいですね。格好良い言い方にしたらビジョン。となるんでしょうけど、もっと泥臭くても良いと思うんです」

 

津田「格好良くなくてもいいんよ。本音で話ができたら良いよな?
思いがあっても『今、現実はこうじゃけん、それは難しかろう』って、お互いにそういう話ができたら良いな。
『でも、こういう難しいところがあるけど、ここはこうしようや』っていう話にもなっていけば良いなあ!と思うけど」

 

清水「なかなか、腹を割って話すという時間もないですしね」

 

津田「でも、これからはできるよ。新しい職員さんも入って増えたし、あと二人、もう直ぐ入ってくるから。二人入ったら、かなり違うと思わない?」

 

清水「それは全然違いますね」

 

津田「そうなったら、そういう話し合いとかもできると思う。今まで忙しすぎて、なんかこう? 物事が伝わっていかない。分断されるみたいなところがあったけど、それも改善されると思うから」

 

清水「そうなれば、有難いですね」

 

津田「もうちょっとの所まで来ているので、これからも協力していただけたらと思います」

 

清水「私の出来る範囲で」

 

津田「皆、出来る範囲でしかやれないから」

 

清水「出来る範囲を超えたら壊れますから。でも、少々壊れても、人間は復元力がありますからね」

 

津田「楽しいことに向かって行くときは無理が効くよね」

 

清水「そうですね。嫌なことなら、ちょっとの無理でも後がシンドイですけどね」

 

津田「だから、皆で楽しい所に向かってやっていきたいなと思うし、皆が“共通”の目標に向かってやっていけば良いんよ。その“共通”は皆で語り、模索すれば良いんだから。やはり、語り場は必要だね。ま、そういうことで、これからもよろしくお願いします」

 

清水「頑張ります。よろしくお願いします」

|終わりに

短い時間だったけれど、深い内容の話が聞けた。重度の障害を持って産まれ、4歳で亡くなったお嬢さんのことも淡々と語ってくれた。ありがとうございました。