ー2026年6月10日ー
はじめに
この対談は介護現場に入ってる最中、勤務中に時間を割いてもらって行っている。今回、現場の諸事情から短縮時間設定になってしまったが、 “人に歴史あり”を印象付けられる清水だった。
津田「清水さん、“ぶどうの家”のホームページとかでこの対談について見たり読んだりしたことはあった?」
清水「いえ、私はこの対談については全く知りませんでした」
津田「そうなんじゃ! 『知りませんでした』、ね!!」
清水「はい。ホームページがあるのは知ってましたけど…一昨日、管理者の原さんから聞いて知った次第です」
津田「了解です。で、この企画は、私が職員さんたちを今以上に知りたいということと、職員さんから私や会社に要望があれば耳を傾けますよ。というコンセプトで行っています」
清水「はい。承知しました」
津田「では、清水さんはここに勤務して何年になるんでしょうか?」
清水「そうですね。10年近くなるんでしょうね? おそらく」
津田「だいぶ経ちましたもんね。で、清水さんは奥さんと、子供さんが何人おられるんですか?」
清水「3人です」
津田「もう大きくなりましたね?」
清水「一番上が、ボチボチ30歳近くなるんでしょうか? 性格な歳は記憶しておりません」(二人爆笑)
津田「一番下は?」
清水「今、大学1年生です」
津田「じゃあ、皆さん成人に! お疲れ様でした。で、清水さんはいつから介護をしてるんですか?」
清水「介護? お年寄りに限定すれば、ここに入社してからですから約10年。
ここ以前に障害系に5年ほどでトータル15年?障害系はパート パートで入ってましたから」
津田「パート?」
清水「本職は電気屋をしながら、お休みの日に障害のある方のサポートをしていたということなんです」
津田「そうそう。清水さんは電気屋さんだった! でも、介護に15年は長いね。
電気屋さんが主で、アルバイトとかパートで障害系のことをやってたというのは、どんなことをやってたん? ヘルパー?」
清水「外出援助がメインでした」
津田「なぜ、それをやろうと思ったんですか?」
清水「ヘルパー2級を取得して『とりあえず、何かできることはないかなあ?』というところで……最初に産まれた娘がお世話になっていた先に声を掛けたら『こういうことが出来るよ』ということで」
津田「最初に産まれた娘さんがお世話になった先、というのは?」
清水「娘が施設にお世話になってたんです。それがご縁で」
津田「で、声を掛けたら『こういうお仕事あるよ』って」
清水「そうなんです。『ヘルパー2級を持ってるんだったら、これ出来るよ』と」
津田「ヘルパーを取得したのは、なぜ?」
清水「一番最初に産まれた娘が、産まれるときの事故と表現すれば良いのかなあ?
仮死状態で産まれ、低酸素脳症ということで手が動かない、足が動かない、目は見えない、自分で体温が調整できない。
というところで、介護に興味を持つという以上に “せざる得ない”という実情でした。
ただ、なぜか? 若い頃から福祉の仕事には興味があったんです。
なにも知らなかったですが授産施設って言うんですかね? 就職するのなら、どこか事務所に行って作り物をして、それで生活する。障害ある方のお手伝いが出来れば良いかなあ? と思いながら高校を卒業しました。
ただ、高校は電気科だったんで電気屋になったんですけどね」(苦笑い)
津田「じゃあ、結婚する以前から福祉の仕事に興味はあったんだ?」
清水「そうなんですよ。なぜか?」
津田「運命かな? こういう仕事をしてるのも」
清水「どうなんでしょうね? そうかもしれませんね」
津田「娘さん、かなり重度よね? 目が見えない。手足が動かないとなるとね」
清水「その娘は4歳で亡くなったんですけどね」
津田「じゃあ、3人って言われたのは?」
清水「上が男2人。一番下の娘が大学1年生の3人です」
津田「じゃあ、4人おられたんだね」
清水「そうなんです」
津田「その娘さんのお世話とかもしつつ、障害系の世界に行ってみよう、と」
清水「そうなんです。スタートはそこです」
津田「実際そういう仕事をしてみて、どうでした? 外出支援とか」
清水「うーーん!! 一言で言えば、大変」
津田「大変?」
清水「意思疎通も難しい方だったんです。で、水が好きな方だったんで、目を離すと水溜まりに飛び込んだり、走ってる車からドアを開けて降りようとしたり。
だから、その人の身を守るのが第一でした。なので、その人のやりたいこともさせてあげられないし、なにをさせてあげたいのかも分からない。そんな状況でも3年ほどはお付き合いがありました。回数は少なかったんですけれどね」
津田「そうなんじゃ。で、そこから、どうしてお年寄りの方へ? 転身というか?」
清水「やはり、電気屋の仕事をしながらでも、どこかに引っかかってたんですよね。福祉の仕事に。転職するんなら50代半ば? リミットかなあ? と。私の判断ですけどね。で、急でしたが『電気屋を辞める』と言って辞めました」
津田「えっ!! 急に?」
清水「急にです。前置きなしでした」
津田「電気屋さんは自分で店舗を持ってたん?」
清水「店舗は持たずに、道具箱だけ持って車へ乗せてアッチコッチへ行くんです」
津田「修理して下さい、とかって呼ばれるわけ?」
清水「例えば携帯電話の部品とか、半導体の政策装置とか、大きいのでしたら水島のプラントの設計も出来たんで、設計をしたり。だから、 “身体一つ腕一つ”でずっと。」
津田「それなりのキャリアだもんね」
清水「お客さんも付いてくれてましたから」
津田「そうだよね。なのに、それを突然に?」
清水「はい」
津田「ホ~」(津田 ギャハハハーと驚きの爆笑)
清水「そうしないと辞めれないんです」
津田「思いっきりが必要だった?」
清水「そうですね。タイミングを見計らって辞めないと、ズルズルと引っ張られるんですよ」
津田「求められてるからね」
清水「だから『辞めます』。一言でした。嫁にも事前に言わず」
津田「それは怒ったでしょう?」
清水「どうだったかなあ? 怒ったというより、戸惑ったみたいでしたね。顧客先から『来てくれんか?』とか『どうして辞めるん?』とかの問い合わせを、全て嫁に丸投げしてましたから」
津田「そうなんじゃ!」
清水「私が出たら、ついつい『分かった』って言っちゃうから」
津田「奥さんも大変だったんだ。奥さん、栄養士さんとかじゃなかった?」
清水「私同様に福祉系です。ヘルパー2級は私が取った後に直ぐに取りました。老人関係も若干しながら、メインは児童関係をしてたのかな? で、私が電気屋を辞める頃は、多分、放課後デイサービスとかに?」
津田「ああっ!! アッチ系ね」
清水「アッチの方だったかも? です」
津田「じゃあ清水さんは、もうお年寄りの方へ全面的に移行ということで」
清水「そうなりますね」
津田「それで、自分の思い描いていた介護が出来ましたか?」
清水「なかなか、そうは出来ませんでしたね。理想と現実は?」
津田「今、本家にも50代半ばで機械関係から転職した人がいるんです」
清水「ああっ! 一人おられますね」
津田「彼も凄く戸惑ってるんよ。今までは機械相手だったのが人になったし、仕事内容がガラッと変わるじゃないですか? でも、彼もずっと福祉の仕事に携わりたかったんだって。それで、清水さんと一緒で『今しかない』と思って転職してきてくれた。だから、清水さんと仲良くなれるかもしれない?」
清水「そうですね。でも、あの方、あまり人と接するのが得意じゃないような? それは私にも言えることなんですけどね」
津田「似てる?」
清水「似てますね」
津田「今まで人を相手の仕事じゃなかったから、凄い難しいみたい」
清水「ですよね」
津田「どういう風に距離を取ったら良いか? 分からないみたい」
清水「それもあるでしょうしね? でも慣れだとは思います」
津田「じゃあ、私への要望とかはあるかなあ?」
清水「そうですね。ウ~ム!? 端的に言えば、ちょっと前の“ぶどうの家”を維持してもらいたいなあ? ストレートに言えば、社長の想いをもっと前に出してもらっても良いんじゃないかな? と。私は思います」
津田「ちょっと前というのは?」
清水「そうですね。5年ほど前くらいかな? 時期的にどうこう言うのは難しいんですが……」
津田「私の想いが今、届いてないということね?」
清水「なんか、そういう気がしますね。
一時期、社長がパソコンを使って動画を観せてくれたり、というのがあったときに『嗚呼!! なんか社長、やってくれたなあ!』っていうのがあったんですが、それ以降はないし。
やはり、組織が大きくなると、トップというか? 一番最初の想いが一番下まで届かない。他では極普通にあるんでしょうが、ここ “ぶどうの家”では無くして欲しいです。そこは常々思ってるんです」
津田「どうしたら良いと思う?」
清水「どうしたら? 本来はトップダウンで、原さんとかに伝えていって下すのが一番なんでしょうけれど、今の現状では無理なんで。申し訳ないんですが津田さんから掛けてもらわないと、とは思うんです」
津田「なるほど。でも、ちょっとずつ組織改革もしてるので、これからそれが現れてくると良いなあ! と思ってるんだけどね」
清水「組織改革、それは結構難しいかなあ? とは思いますけどねえ」
津田「難しいね」
清水「でも、何もしないよりは、ね」
津田「清水さんみたいに、分かってくれる人が一人でも二人でもいて、そういう人が増えていくっていうのが一番大事だと思うから、そういう方向でやっていかんといけんなと思って」
清水「私が、何を? どう分かってるか? というのを自分でも良く分からない、というのはあるんですけど、私の理想も含め…」
津田「そういう、 “花帽子をこれからどうしていきたい”とかさ、そういう皆の思いとか理想とか、それを語る場が欲しいな」
清水「そうですよね。それは欲しいですね。格好良い言い方にしたらビジョン。となるんでしょうけど、もっと泥臭くても良いと思うんです」
津田「格好良くなくてもいいんよ。本音で話ができたら良いよな?
思いがあっても『今、現実はこうじゃけん、それは難しかろう』って、お互いにそういう話ができたら良いな。
『でも、こういう難しいところがあるけど、ここはこうしようや』っていう話にもなっていけば良いなあ!と思うけど」
清水「なかなか、腹を割って話すという時間もないですしね」
津田「でも、これからはできるよ。新しい職員さんも入って増えたし、あと二人、もう直ぐ入ってくるから。二人入ったら、かなり違うと思わない?」
清水「それは全然違いますね」
津田「そうなったら、そういう話し合いとかもできると思う。今まで忙しすぎて、なんかこう? 物事が伝わっていかない。分断されるみたいなところがあったけど、それも改善されると思うから」
清水「そうなれば、有難いですね」
津田「もうちょっとの所まで来ているので、これからも協力していただけたらと思います」
清水「私の出来る範囲で」
津田「皆、出来る範囲でしかやれないから」
清水「出来る範囲を超えたら壊れますから。でも、少々壊れても、人間は復元力がありますからね」
津田「楽しいことに向かって行くときは無理が効くよね」
清水「そうですね。嫌なことなら、ちょっとの無理でも後がシンドイですけどね」
津田「だから、皆で楽しい所に向かってやっていきたいなと思うし、皆が“共通”の目標に向かってやっていけば良いんよ。その“共通”は皆で語り、模索すれば良いんだから。やはり、語り場は必要だね。ま、そういうことで、これからもよろしくお願いします」
清水「頑張ります。よろしくお願いします」
短い時間だったけれど、深い内容の話が聞けた。重度の障害を持って産まれ、4歳で亡くなったお嬢さんのことも淡々と語ってくれた。ありがとうございました。