[第34回]

看護小規模多機能ホームぶどうの家真備

介護職員・平野貴美子(64歳)


ー2025年5月30日ー

はじめに

 

介護福祉士で介護職歴20年。ここでも、人との出会いが人生に大きく影響することが証明された平野との対談だった。

|心強い

津田「平野さんと出会って10年くらいかなあ?」

 

平野「ですかねえ! そんくらいだと思います」

 

津田「お互いに歳をとりましたね」

 

平野「そうです。自分でも痛感してるんですよ」(二人爆笑)

 

津田「ホント!!」

 

平野「はい。今日なんかも脚がガタガタなんです」

 

津田「餅つきも大変だったよなあ!」

 

平野「そうなんですよ。餅つきからいろいろと連チャンなんで、年齢には勝てない状態かな?」

 

津田「でも、平野さんがおってくれたら心強い。本当に!」

 

平野「ありがとうございます。いい加減な人間なんですけど…」(平野爆笑)

 

津田「餅つきだけではなく、心強いと思っております」(津田爆笑)

 

平野「ありがとうございます」

|介護歴20年

津田「ところで、介護は長いん?」

 

平野「トータルでは20年近いです」

 

津田「えっ? じゃあ、 “ぶどうの家”が?」

 

平野「二つ目です」

 

津田「一番長い?」

 

平野「そうですね。以前の施設はグループホームだったんですけど、途中から他の方で施設を作るということで変わったんです。
だけど、そこは違う部所に切り替わっていて、改めてそこから新しくという形になりました。
同じ会社に勤務していたんですが年数は別扱いの様な形式になっているのが不思議で…」

 

津田「そうなんじゃ。でも介護職歴は20年近くになるんよな?」

 

平野「そうなりますね」

 

津田「長いねえ! お互い」

 

平野「いえいえ。津田さんには及びません」

|介護以前は服の創作

津田「でも、その前は縫製だったっけ? なんじゃったかな? アパレル?」

 

平野「婦人服とか子供服」

 

津田「売ってた? 創ってた?」

 

平野「創ってました」

 

津田「縫ってた? デザインしてた?」

 

平野「いろいろでしたね」

 

津田「凄いよなー!!」

 

平野「いろいろです本当に! 
こっち(真備)に来たら、そんな仕事が全く無かったのでパートでいろんな仕事をさせてもらいました」

 

津田「じゃあ、パート以前は何処におったん?」

 

平野「岡山です。岡山の高島の方に居たので、そこから岡山の田町へ行きました」

 

津田「それは、デザインとか縫製とか、専門学校へ勉強をするために?」

 

平野「違うんです。高校が家政科だったんです。で、作るということが大好きで、自分の子供の服なんかも全て創ってたんですよ」

 

津田「それは凄い!」

|介護職への出会い

平野「で、岡山に居たんですけど、実際的に介護は自分の母親が、祖母とおばあちゃん(ご主人の親)を。


私の父親は早くに亡くなってます。で、主人の親が癌になって、そこからおばあさんをどうするか? 

ということになりました。

 

毎週帰ってたんですが、井原の芳井へ。

ただ、現実としてキツイということで、岡山と芳井の中間辺りににある真備へ家を建てたんです。

 

子供が小学校に上がるときでした。

そこから、パートでいろいろしてたんですが、祖母が本当に歳を取ってしまい、母親がダウンしてしまいました。『どうすれば良いのか?』と考え悩んでるときに、母の介護をするためにおばあさんを施設に入れました。

 

そこに、おばあさんの介護をしてくれている女性がいたんです。とても若い娘さんでした。施設職員です。その娘さんがとても良い娘さんで、毎週行く度に私に手紙を渡してくれるんです」


津田「へぇー!! それは凄いね」

 

平野「おばあさんは享年98歳でしたけど、施設に入ったらボケるということが染み染み理解でしました。95歳くらいまでは家のことをほとんどやってました。お風呂掃除からご飯作りから、生活全般の全てをこなしてましたから」

 

津田「素晴らしいよね。独り暮らしってことでしょ?」

 

平野「いえ。母親と二人暮らしでした。だけど、母親がそういうことが苦手だったんですよ。
で、そういう状況下で、私は週に一回戻ってたんです。
とはいえ、私の限界も見えてきて、おばあさんに施設へ入ってもらいました。
おばあさんを入れた介護施設の、その娘さんが凄く良くしてくれて『今週はこんなでしたよ』って手紙をくれるんです、毎回。そこからでした。ヘルパーの資格を取りに行こうと思ったのは」

 

津田「あっ!! その若い女性職員さんに触発されて、ね!」

 

平野「パートしながらヘルパーの学校へ行きました」(平野が、少し涙目になる)

 

津田「それは、おばあさんが施設入所して、そこから認知症の傾向が顕著になり、その認知症という病についても勉強したい。ということもあったんかな?」

 

平野「最後は引き取りたいとは思ってたんだけど、残念ながら叶いませんでした。

その後、母の介護をすることにもなり『もっと勉強しないとダメだな』と強く思うようになりました。
で、紆余曲折はありましたが、今、
“ぶどうの家”でお世話になってます」

 

津田「ありがとうございます」

 

平野「こちらこそです。至らないのに」

 

津田「そうなんじゃあ! で、そういう動機とか思いがあって今、“ぶどうの家”で働いてくれてるから『在宅の人たちをちゃんと支え切りたいなあ』とか、そういうところでは凄く通じるものがあるんだろうか?」

|田舎

平野「私の母もそうだったんですけど、私が夜しか入れないので昼間のオシメ交換はヘルパーさんを頼んでました。でも、田舎の人って他所の人が入ってきたら、 “お茶出し”をするとか “お菓子を出す”とかヘルパーさんの意味を理解していなくて……」

 

津田「おもてなし、をね」(二人で苦笑い)

 

平野「で、夕方に行くと『しんどかったんよ』『腰が痛かったんよ』とか言って、結局全然オシメ交換も出来てない状態があったりで『嗚呼!! ここから説明せんといけんのじゃなあ!?』 っていう感じで、『田舎の人ってこういう感じじゃったんじゃなあ!』とか、我が親ながらにも無知を感じてしまったことがありました」

 

津田「ヘルパーさんが来るから家の掃除をして待ってるもんなあ!」

 

平野「そうそう、そうなんですよ。『お菓子がいる』『お茶がいる』とか言うから『それは違うよ』って。
『オシメ交換してもらうためにお金を払うんだから』って。

『ヘルパーさんが来たときは休んでおかないと』って言うんですけど、田舎の慣習とかもあるんでしょうけど感覚が違います。今、私が仕事で訪問に伺っても、お茶を出してくれたりすることもあるんですが『そんな必要はないんですよ』ってお断りします。

ヘルパーさんと小規模の関係で言うと、ヘルパーさんは時間に区切られて必要以上に無駄に滞在することもありますが、小規模の訪問は必要なことだけを受け持つところが私には向いてるみたいです」

 

津田「小規模だと、何時から何時ということは決められてないので、訪問したときのその人の状態に合わせて、5分のときもあれば30分のときもあればっていう風にメリハリを持ってできるところが良いなと」

 

平野「で、ちょっと気になって『行かせてもらいたいな』って言ったら、何回も入らせてもらえるんで。担当者さんで全然違うんですけどね」

 

津田「利用者さんの様子は、昨日と今日で異なるし、朝と晩でも違うしな」

 

平野「なので、朝おかしかったら、この時間にも入りたいと思えば訪問へ行けますからね」

 

津田「行けるもんなあ! そういうのは違うね」

 

平野「違いますね、全然。施設とも違いますし」

|印象深い利用者さん

津田「ところで、今までで平野さんが印象に残ってる利用者さんておられる?」

 

平野「担当した人は皆さんそうですが、今おられる中で印象強いのはY・Kさんですね。やはりね、見てて自分の親にも通ずるものがあるなって。段々に老いてこられて、大変だなあ! とは思うんですが……」

 

津田「自分を貫く姿勢というか? ああいうのは凄いと思うんよ」

 

平野「いろいろ不満はあるけれど、それなりに自分は頑張ってるってところは凄いなと思います」

 

津田「芯があるよな!」

 

平野「『自分のことを知って欲しい』っていうのが強すぎるとは思うんですけど、でも、それはもう、吐き出さなといけないっていうのがあって、吐き出してるからY・Kさんには “ぶどうの家”が良いんですよ」

 

津田「そうよなー」

 

平野「いろいろとありましたよね。津田さんと一緒に夜な夜なと」

 

津田「ホンマじゃなあ! いろいろあったよなあ!」(二人爆笑)

 

平野「ですね」

 

津田「旦那さんのことも看てたからな」

 

平野「そうですね。今でも良い思い出ですが、最初はあの『実家に連れていけ』と言われたときはどうしようか? と思ったけど…」

 

津田「山をな!!」

 

平野「でも、何回か行くうちにあの道にも慣れて、Y・Kさんだけでも連れて桜を見に行ければと思ってます。だけど『こんな道を行くんか?』と言いたくなるほどの道ですからね。3回も4回も上がりました」

 

津田「それだけのお付き合いがあるからこそ、Y・Kさんも平野さんを信頼しているし、今の関係が生まれたんよな」

 

平野「そうなんですかね? ただ、名前を呼んでいただけるだけで嬉しいです」

 

津田「偉大な信頼を平野さんに置いてると思うなあ!」

 

平野「そうだと、益々嬉しいですけどね」

|これからやりたいこと

津田「平野さんが、これからやりたいことってある?」

 

平野「私は、自分がやれるところまではやりたいんですけど、年齢が年齢なもんで旦那と遊びながらこの仕事を続けられたらと思ってます。家も旦那の方が落ちてるので…」

 

津田「元気になって…」

 

平野「なってはないんです。その辺りの都合を付けながら考えて、仕事ができれば良いなあ! とは思ってます」

 

津田「そうじゃなあ! 家が大事じゃから」

 

平野「でもね、この仕事はチョコチョコとやりたいなあ! と思ってるので、出来るだけ自分の健康を考えながら…」

|追っかけ

津田「そうです。そうなんです。それでと、平野さんは趣味が多いよな?」

 

平野「趣味が多いというか? それは?」

 

津田「追っかけ、やってる?」

 

平野「追っかけはやってますけど…」(二人で大爆笑)

 

津田「誰? 誰の?」

 

平野「今は声優さんです」

 

津田「今は? 変わったなあ! 声優さんは誰?」

 

平野「名前ですか? 蒼井翔太さんと宮野真守さんです」


@YahooAI情報から

蒼井翔太さんは「うたの☆プリンスさまっ」美風藍役や「ツキウタ。」水無月涙役などで人気を集め、歌手としても精力的に活動してきました。(s-inc.jp)

 

宮野真守さんは「DEATH NOTE」夜神月、「うたの☆プリンスさまっ」一ノ瀬トキヤなど多くの作品で主役級を務め、ライブツアーやCM出演などアーティスト・俳優としても幅広く活躍しています。(news.kingrecords.co.jp)


津田「何の役?」

 

平野「アニメもそうなんですけど、凄く声が好きなんです。で、女性型と男性型という感じで。
コンサートへ行っても凄く見せてくれるっていうか? 
そこには70とか80歳くらいのおばあちゃんもいるんですよ。それもピンクのドレスを着てるとかで」(二人大爆笑)

 

津田「ええっ!! 平野さんもやって!」

 

平野「ようやりません。だけど、行って隣の席に座った人とか、若い子でも、なんかの拍子に話が出来たら『凄く良かったなあ!』って充実感です」

 

津田「確かに。趣味とかが一致すると世代を超えられるもんな」

 

平野「そうですね。会話は弾みます。ついつい、おばちゃんを出してしまって子供たちには怒られるんですけど、でも自分の友達にも『行けたら一緒に行こう』って感じで、休みの日とかは瀬戸芸(瀬戸内国際芸術祭)を一緒に歩いたりとかしてるんで、出来るだけ皆と出掛けられればと考え、行動しています」

 

津田「声優さんの前は誰だった?」

 

平野「ビッグバンです。ビッグバンなんですけど、今、メッチャ高いんですよ」(二人で大爆笑)


Wikipediaより

BIGBANG(ビッグバン)は、韓国の3人組男性アーティストグループYGエンターテインメント所属。2006年8月19日に韓国でデビュー。日本では2009年6月24日にメジャーCDデビュー


津田「ホント!! でも、楽しみがイッパイあるからいいね!」

 

平野「そうですね。子供たちと、孫たちと行ければ。孫とも一緒に行ったりするので、そういうのが楽しいです。頑張って付いて行ってるって感じになるんですけどね」

 

津田「趣味がイッパイあるお祖母ちゃん。料理も上手で裁縫もできて、最高じゃん」

 

平野「用事があるときにしか来ません。孫は現金ですから」

 

津田「そうね」

 

平野「だから、『あれして欲しい』ってときには来るけども、孫とご飯のオカズを作ったりデザートを作ったりするのも楽しいです」

 

津田「良いなあ! とても羨ましいです」

 

平野「津田さんも、そのうち直ぐにそうなります」

 

津田「平野さんを目指します」(納得しながら二人微笑み合う)

 

平野「それは、どうなんでしようか?」

 

津田「平野さんから、私に要望みたいなのはある?」

 

平野「要望? 敢えて言えば、津田さんは忙しくし過ぎてる。っていうのが印象に強いので、要望というより、もっとゆっくりした方が良いんじゃないですか? 孫と一緒に!」

 

津田「労らわれとる。今日はありがとうございました」(二人で大爆笑)

 

平野「ありがとうございました」

|終わりに

蒼井翔太 宮野真守 BIGBANG。
初めて聞く名前ばかりで、@を加えた。しかし、追っかけかあ! ドキドキワクワクするんだろうなあ! と羨ましく想いつつ、岩崎宏美を思い浮かべておりました。