[第38回]

本家(小規模多機能ホームぶどうの家・グループホームぶどうの家)

介護職員・三原夏海(31歳)


ー2026年6月20日ー

はじめに

 

体調不良下にも関わらず、無理を聞いてもらい対談に応じてもらった。三原が野球少年ママということで、野球少年だった私も絡ませてもらい、途中から津田・三原・野田の三者対談の様相となったことを先ずはお断りしておきたい。

|自己紹介

津田「じゃあ、はじめましょうね。三原さん、自己紹介をお願いします」

 

三原「自己紹介といってもなあ?……三原です」(二人で爆笑)

 

津田「何歳になったの?」

 

三原「31です」

 

津田「へーー!! 凄い若いときにぶどうの家に来たなあ!」

 

三原「そうです。19歳でした」

 

津田「えっ!! 19歳? となると、もう12年経ったということ?」

 

三原「ですね」

 

津田「一回りしたじゃん、干支が。年寄りくさい言い方をすると」(二人で爆笑)

 

三原「ホンマにそうですね」

 

津田「で、間で何年くらい抜けとった?」

 

三原「4年くらい抜けて」

 

津田「で、戻っって来て。子供も三人になり」

 

三原「二人はね、ぶどうの家にいたときに生んでたけど」

 

津田「もう一人増えて戻ってきたな」

 

三原「はい。増えて戻ってきました」(二人で大爆笑)

|介護の仕事を選択した切っ掛け

津田「おめでたいことです。三原さんは、やりたくて介護の仕事に就いたの? それとも、何かの流れで?」

 

三原「やりたくて。というか『やってみよう』と思って。そうなんですよ」

 

津田「なんで『やってみよう』と思ったん?」

 

三原「自分が事故して入院してたとき病室を何回か移りました。四人部屋になったとき、他の三人がお婆ちゃんだったんだけど、なんていうのかなあ? 一緒に過ごし、関わる過程で介護をしてみようかなあ? 介護も良いかなあ? と。それまでバイトしかしてこなかったので。それと、周囲に介護に就いている人もチラホラといたので」

 

津田「入院中の病室で四人の中の三人がお婆ちゃんで、ここから介護をやろうとしたのはかなり珍しいケースだね」

 

三原「珍しいですかね?」

 

津田「19歳で長く入院することも珍しいでしょ? で、初めて介護の仕事をしたのがぶどうの家?」

 

三原「ここより前があります。有料(老人ホーム)にいましたけど、あまり覚えてないんですよ」

 

津田「それで、真備に来たんよな。最初は」

 

三原「オープン当初でした」

 

津田「そうだね。だから被災前だった。でも、あの時はまだ結婚してなかったよね?」

 

三原「してないです。あの時は、まだ全然独身でしたね」

|介護の仕事をやってみて

津田「凄い12年間じゃったなあ! じゃあ、三原さんが介護やってみて、どうだった?」

 

三原「やってみて? 正直、嫌になるときもありますよ。他に、自分に合う仕事があるんじゃないかなあ? って。
『違うことしたいなあ!』と思ったりすることも……あったけど、でも多分、最終的には介護に戻るんだろうなって思いますね。楽しさもあるし…… “ろくでもない人生だったから、恩返しじゃないけど……

 

津田「その若さで、 ろくでもない人生って可笑しい!」(二人で大爆笑)

 

三原「たまに考えることがあるんですよ。『仕事、私には何が良いんじゃろう?』って。介護の仕事って、やはり底辺だと思われるじゃないですか? 底辺の仕事とかって」

 

津田「3KKとかな?」

|言語化できない

三原「だけど『エッ!! 介護?』みたいに思ってる人たちは、う~ん??……なんて表現すれば良いのかなあ? 言語化できない」

 

津田「なんで? 上手い記録を書くじゃん! いつもピカイチの記録を書くじゃん!」

 

三原「言語化できなくて本当に。なんか、喋ろうと思ったら、いろんな事が飛んじゃって喋れなくなるんですよ」

 

津田「記録に書いてみたら?」

 

三原「確かに! 記録に書く方が全く気楽です」

 

津田⇨野田「スッゴク良い記録を書くんですよ。記録の中から利用者さんが浮き出てくるような良い記録を書くの」

 

三原「どうなんですかね? そう書く様に教わったので、津田さん・武田さんから」

 

津田「ホント、凄く上手い! 語彙力あるし」

 

三原「でも、長いですよね? 自分の記録を見て『こんなの、皆が読むんかなあ? って』」

 

津田「スッゴク良い。だけど喋るとなるとな?」

 

三原「喋るのは本当にダメなんですよ。文字にする方が全然OKです」

野田⇨三原
「じゃあ、ボクからも質問させて下さい。

『他に、自分に合う仕事があるんじゃないかなあ?』っておっしゃってましたけど、他の仕事を選択するとして、三原さんにとって介護以外にワクワクドキドキしたりする事・仕事ってありますか?」

 

三原「ないです。ワクワクドキドキ?」

 

野田「例えばですが、ボクの場合、小学校低学年の頃は体育が5段階評価で1でした。担任の先生からは協調性が極めてないとの評価もあり、母がスコブル心配してました。教室にいるのかいないのか? 存在感のないボクでしたけど、伯父に鍛えられて鉄棒の逆上がりができたんです。

小学校4年時かな? そこから自信が付いて、ソフトボールにのめり込み、甲子園を目指す様になりました。ひとりっ子だったんで独りで過ごすことが多かったんですけど、寂しくはなかったです。

甲子園を闊歩する自分を想像してるだけでワクワクドキドキと胸が高鳴ってましたから。この対談にしても、インスタグラム上で対談の数が増えて行くだけで嬉しいですから。だけど、まだ31歳。何かに心が燃えませんか?」

 

三原「何もないですよ。燃えたりもしません」

 

野田「アッ!! すみません。お子さん育てるので精一杯ですよね?」

 

三原「そうなんですよ。それで一生懸命なんです」

 

津田「一生懸命なんよな」

|少年野球談義

三原「うちの長男も野球をやってるんですけど、これが本当に忙しい。真ん中の子はダンスやってて、こちらも忙しい」

 

野田「えっ!! そうなんですか。だけど、少年野球のママさんって、メチャクチャ大変らしいですね? 半端ないって!!」

 

三原「メッチャ大変ですよ」

 

津田「真っ黒になってなあ!」

 

野田「朝から夕方までグランドで。送迎もしないといけないし、弁当も作らないと」

 

三原「土・日・祝は全てが野球なんですよ」(苦笑い)

 

野田「お金も掛かりますよね?」

 

三原「なにかとお金は出て行きますねー」

 

野田「他ママさんとのお付き合いもストレスになるとは聞いてます。いろんな方がいらっいますからね?」

 

三原「そういうのもありますけど、ほんとうにシンドイです」

 

野田「野球少年は何年生ですか?」

 

三原「小学校3年生です」

 

津田「まだまだあるね」

 

野田「6年生までやって、中学でシニアの硬式となるとそれは大変だ」

 

津田「目指せ甲子園だもんね」

 

三原「クラブチームじゃなくて、中学は部活に入って欲しいです」

 

野田「だけど、甲子園目指してるんなら中学から硬式っていうのが今の流れですからねえ」

 

三原「ですよね」

 

津田「お母さん業、あと10年」

|疲れ

野田『そうかー! 三原さん、疲れてるわけだ』

 

三原「疲れてます。日々の疲れが……子供は3年生と1年生と3歳なんですけど、3歳の子がもうちょっと大きかったら、まだ少しは違うのかな? とは思うんだけど

 

津田「怪獣じゃからな」

 

三原「昨日も夜中に凄い泣いて、止まらないんですよ。なんで、今日は寝不足なんです」

 

津田「ミーティングのときも目を閉じとるもんなあ!!」(津田は大爆笑 三原は苦笑い)

 

三原「ミーテングは何故か毎回、寝ちゃうんですよ。『なんでなんだろう?』とは思うんですがね。『真剣に聞こう』と毎回、心に留め置くんですけどねホンマに! だけど、いつの間にか飛んじゃって

 

津田「まあね、生活がな。今、いっぱいいっぱい」

 

野田「いやあ、すみませんでした。そんな最中で、ワクワクドキドキとか問われても腹立ちますよね?」

 

三原「腹は立ちませんよ。でも、そんなのないんです」

 

野田「で、最近は、何時に寝て何時に起きてるんですか?」

 

三原「昨日はちょっと遅くて2時に寝て、朝は6時半前に起きました」

 

野田「朝食を作って弁当を持たせて?」

 

三原「毎日、旦那の弁当がいるんです。子供たちの朝ご飯もして。だから、今日はちょっと寝不足だったから起きるのが遅くて、そんなわけで化粧もなんもしてないんです」(津田・三原 大爆笑)

 

野田「お疲れ様です」

|向き不向き

津田「ここに復職したときは短時間正社員で来たけど、やはりちょっとね?」

 

三原「しんど過ぎて」

 

津田「しんどくって、今はパートになってるんよな。でも、そんな風に柔軟に、自分の生活を中心にして働きやすい体制をとっていけば良いかな? って思うけどな」

 

三原「とりあえず半年はやってみようと思ってたんです。だけど、土・日・祝は野球で全部潰れます。平日も仕事だし、自分の時間が全く取れなくて、しんど過ぎて半年で短時間正社員をギブアップしてしましました。そこからパートに切り替えて、また落ち着いたら戻そうかな? と」

 

野田「そうやって、柔軟に切り替えてもらえるのは嬉しいですね」

 

三原「そうですね。凄く良いです。そういう働きやすさはありますね。嫌なことを言う人もいませんから」

 

津田「他の仕事をやって、それでも『介護の仕事に戻るんだろうな?』というのは、なぜ?」

 

三原「一回 ぶどうの家を辞めて、違う仕事をしました。『介護の仕事なんか向いてねえわ。嫌じゃわ』と思いながらやってた介護の仕事だったけど、なんか、他の仕事を探しているときも介護という業種に目が向いてしまうんですよ。

工場とか他の業種も脳裏に浮かびましたが、候補になるのは介護関係ばかり。一度ここを辞めて別の仕事をしてるとき、訪問とかに行くんですがお客さんはお年寄りが多くて、そのお年寄りと関わってると『やっぱり介護の仕事の方が良かったなあ!』って思えたからこの世界に戻りました」

 

野田「そういえば、36回で登場してもらった看護師の金原さんも言われてましたね。『結婚とか出産のタイミングで退職し もう看護師は卒業と思っても、新たに職に就こうとすると看護師にしか目が向かない』と。

まあ、看護師も介護士も、濱田さん(第29回登場)が言うように 潰しの効く仕事ですからね。底辺職と位置付ける人もチラホラいるけど、全国どこに行っても 引く手数多ですから」

 

三原「そんな感じですね」

 

津田「性に合っとるしな」

 

三原「でも、介護をやってたら『やはり、これは私向きではないような?』と思ったりもするんですよ。それこそ昨日も『違うんかな?』って」

 

津田「なんか具体的なことがあったん?」

 

三原「具体的なこと? ウ~ム!? 記憶力が低下しまくってて、それに子供のインフルエンザで長くお休みをもらっていたので、久々に来ても『なんも分からんわ』状態で、『今の時間は何をするんだっけ?』とか『この人は今、どんな状態にあるんだろうか?』とか。休んでいる間に状況が大きく変化していて」

 

津田「日々、変わるけんな」

 

三原「『全然分からんわ』と思って。申し送りを全部見ても入って来ないんですよ。誰がどう? とかさっぱりです。『この人、トロミが必要?』。そんなレベルになってましたから。なんか記憶喪失? だから、そういうことを思うと『やっぱダメかな?』と考えてしまうんですよ」

 

津田「でも、そこからは脱出したん?」

 

三原「いやあ!? 昨日、思ってたところでした」(ギャハハハハ 二人大爆笑)

 

津田「そうなんじゃ。でもさあ、この前、利用者さんSさんと図書館に行ったじゃん。あのとき、凄く良い介護をしてたよな」

 

三原「分かんないです」

 

津田「スッゴイ自然なんよな。じゃけん、三原さんという人間がSさんという人間と、ちゃんとお付き合いしてるんよな。なんか、介護職と利用者という以前に、ちゃんと人と人としてのお付き合いが成り立っとんよな。それが出来るっていうのは、凄いな! と思うんよ。なかなかそうはならない」

 

三原「そうですか? 皆、やってるはずですよ?」

 

津田「三原さんは自然体で普通にできる! で、帰ってきてから『記録書いて』って無茶振りしたじゃん。結構、混みいった話をしてたけど」

 

三原「そうですね。混みいった内容でしたね」

 

津田「でも、あれもちゃんと理解して、Sさんの反応とかも詳細に記して、なにやら一つの文学作品のようになってた。凄かった!」

 

三原「ただ、長い記録を書いただけみたいな感じになって。これを皆、読むんかな? って」

 

津田「読むよ。少々、記憶喪失でも大丈夫じゃない」

 

三原「とはいえ、時間はかなり掛かりました」

 

津田「だけど、あの時間内で書いとったが! 『あれっ!? もう帰ったん?』っていうくらいに」

 

三原「帰りたかったんでしょうね」(ギャハハハハー)

 

津田「『時間までに帰ってやるー』っていう勢いで」

 

三原「あれも『記録を書いて』って言われるとは思ってなかったんで」

 

津田「じゃろうな。あれは自分で書こうと思っとったんよ」

 

三原「思ってなかったけん『記録、書かにゃあいけんけん、ちゃんと覚えんとな』っと思いながらも聞いてなかったけん『ウワー!!』って。メッチャ思い出しながら書いたけど」

 

津田「楽しかった。私が書く記録より全然良かったよ」

 

三原「楽しかったですか? 修正しておくって言われたから?」

 

津田「楽しかった。素晴らしい! 自然体なんよ、三原さんは。何かにつけ」

 

三原「私はもう分かりません。自分がもう分かりません!」

 

津田「まあ、そうやって悩みながらユルユルと続けてくれるのが一番です」

 

野田「ご主人に子供たち。それだけの人生を抱えてたら大変ですよね」

 

津田「あと10年はなあ!?」

 

三原「10年。そうですね、本当に! しょうがないですけどね」

 

津田「そうそう、仕方ない。そういう時期が皆あるけんな。だけど、三原さんにはピッタリの仕事なんでこれからも続けて下さい」

 

三原「働きやすいですからね」

|送迎車

野田⇨三原「働きやすい。それとは別に、何か要望はないんですか? 社長に。これは言語化できるでしょ」

 

三原「言語化できますよ。でも、突然言われると直ぐには閃かないです。普段、いろいろ思ってるんですけど記憶力の欠乏で」

 

津田「でも、どうしてもの時は言うんじゃない? 自分で溜めとくんじゃなくて」

 

三原「一回言ってみます。やんわりと今度。アッ!! 車(利用者さん送迎用)。段々に新しくはなってますけど、ボコボコ過ぎてで恥ずかしいわ、こんな車で』って」

 

津田「あるある。でも、ちょっとずつ新しくなってるからね。だけど、運転が下手すぎるんよ皆」

 

三原「なんで、あんなことになっちゃうんだろう? なんでかなー?」

 

津田「道が狭いのもあるな」

 

三原「道が狭くても、でも?」

 

津田「ガリガリっとか、ジャリジャリっと」

 

三原「他は浮かばないですねー」

 

津田「じゃあ、あれば言ってね」

|令和巨人の星

野田⇨三原「話を戻しますが野球ママだったんですね」

 

三原「野球はお兄ちゃんがやってたんですよ。で、私は付いていく係というか、妹だったから。親がね、毎回行くのに付いて行かないといけなかったんです。だから、少年野球の嫌なところと言うか? 妹目線で親の大変なのも見てたんで、私は子供にはやらせたくなかったんです」

 

津田「どうしてやることになったん?」

 

三原「旦那です。小学校も少なくて、メッチャ少ないけん

 

津田「子供の数がね」

 

三原「そうです。『協調性を身につけさせないといけん』ということで。『だったら野球がええじゃろ』となり、そんな流れで野球を始めたんです。旦那も野球をしてたんで。だけど、入ったチームが強いチームで大会とかも多くて『ウワー!!』って感じなんです」

 

津田「だって小学校1年2年3年生でさあ、そんなに野球ばかりって、凄いなあ!」

 

野田「どこも同様ですよ。とにかく野球漬け」

 

三原「野球漬けです」

 

津田「お子さんは楽しんでるん?」

 

三原「いっとき、辞めたいようなことは言ってましたけど、メッチャ怒られて『もう辞めれんわ』って感じです。諦めたみたいですよ」

 

津田「子供が諦めた?」(悲壮感も感じるが、津田・三原・野田 爆笑)

 

野田「しかし、嫌々6年も続けるのは辛いですよ」

 

三原「辛いですよね。でもね、やる気になるときもあるし『もう嫌じゃ』となるときもあって波があるんです」

 

野田「嫉妬したりしないんですか? 同級生の子なんかがゲームで活躍したりすると。ボクの野球人生は嫉妬と隣り合わせだったんで」

 

三原「そんな気持ちがもっと芽生えて欲しいな! とは思うんですけどね」

 

津田「『こん畜生!』みたいな」

 

三原「そういうレベルまで行ってないんです。『だって出来んのじゃもん』みたいな感じなんで、この間も旦那に厳しく叱られてましたよ。『悔しかろうが、普通は?!』って」

 

野田「親の一生懸命は理解できますけど、子供に萎縮だけはさせんようにしてあげて下さい」

 

三原「星一徹でしたっけ? 巨人の星?」

 

野田「えええっ!! そんな親父なんですか?」

 

三原令和巨人の星ですから」

 

津田「もう、ママは大変じゃあ!」

 

野田「このご時世、巨人の星とかは辞めた方が良いですよ。あれは、極めて昭和の塊ですから」

 

三原「強制ベルトとか、そんなのがありましたよね?」

 

野田「大リーグボール養成ギブスでしょう?」

 

三原「養成ギブス!! それそれそれー!」(キャキャーと雄叫びを上げて腹を抱えて笑う)

 

津田「うわー!! 年代を超えて盛り上がっとるなあ! ま、ここらあたりで対談を閉じましょう。今日はお疲れのところ、ありがとうございました」

 

三原「ありがとうございました」

 

野田「楽しかったです。ありがとございました」

|終わりに

対談後、帰宅してから巨人の星のアニメをYouTubeで観た。懐かしい! 悲壮感全開で番組は進む。令和巨人の星のお父さん、星一徹を模範にしていたらとんでもないことになりますから、くれぐれもご注意を! しかし、楽しい時間だった。