ー2025年10月31日ー
はじめに
インタビューを始めて直ぐに、小谷から礼儀正しい応答が繰り返された。緊張してるのかなあ? とは思ったが、小谷に障害があることを最初は全く気づかなかった。
そして、話を聞くにつれて幼少の頃から過酷な人生を歩んできたことを知らされた。
 
    
野田→小谷「お名前と年齢をお願いします」
小谷「小谷哲也。28歳です」
野田「介護福祉士とか持たれてますか?」
小谷「いいえ。資格は持ってなくて、各部署を回って巡回清掃を行なってます」
野田「各部署を回るというのは、本家とか花帽子とか船穂地区で? 真備は行ってないんでしょ?」
小谷「基本的には真備で出勤なんです。なんで真備から船穂に来てるんですよ」
野田「ということは、真備でも清掃するんですね?」
小谷「もちろんです」
野田「何年ほど勤務されてますか?」
小谷「まだ、来て半年少しくらいですかね。去年の10月からですから」
野田「巡回清掃って?」
小谷「巡回清掃っていうか、各施設を回りながら清掃を行なってるんです。
施設によってコロコロ変わったりもするんですが、大体1ヶ月の週初めくらいは真備で清掃をさせていただいて、2週目から月の最終日までは船穂でやらせてもらってます」
 
    
@ここで、席を外していた津田が着座
野田「『介護の仕事もしてみたら?』とか言われませんか?」
小谷「薦められたことはないんですけど、知り合いの方がここを紹介してくださったんです。2日ほど実習して、すごく働きやすさを実感しました。普通の会社と比べて、僕もそんな多くの会社は知らないんですが人間関係がギスギスしてるところもなく『働きやすそうだなあ!』と。皆さん明るくて優しくて、お母さんの様な気がして」
野田「誰が?」
小谷「皆さんが! なんか家族のような暖かさを感じる会社だなあ! って思って。で、ここで働くことを決心しました。ときどき失敗もしながら、でも皆さんに助けられて。で、今こうして、掃除の仕事を通してこの会社のために頑張ろうと努力しています」
野田「なかなか饒舌ですね」(津田が優しく微笑む)
小谷「口だけは立派なんですよ」(3人で爆笑)
 
    
津田「嫌なら言わんで良いからね。哲ちゃんの幼い頃はどんなだったん? 生い立ちなんだけど」
小谷「少し長くなります。僕は、小さいときから親と暮らしたことがないんです。生まれて直ぐに離れ離れになったんですよ。
その理由は、親の方が病気を持ってまして、何度も入院しては退院を繰り返していました。で、僕は施設に預けられながら。
施設といっても、そんな長い期間いるわけじゃなくて3ヶ月とか半年とか。親が入院して退院してのタイミングで僕も移動したりとか、いろいろありました。
ですが、5歳のときにA荘の乳児院に入って3年間ほど生活してました。6歳くらいになってからは乳児院からB学園へ移動しました。つまり、保育園から高校(高等部)卒までの13年間を集団で生活をしていました」
津田「A荘に行ったとき、療育手帳は持っていたということ?」
小谷「はい。持っていました」
津田「哲ちゃんのことを、私が理解しているようで理解してないんだけど、哲ちゃんは発達障害?」
小谷「重度ではないんですけど軽度の発達障害で、今で言うところの自閉症スペクトラム症(ASD)の特性が自分の中ではあるという自覚はしています。口下手なところがあるとか、」
津田「さっき、饒舌と言われたよ野田さんから」(3人爆笑)
野田「饒舌というか? 理詰めに分かりやすく話されていると思いますよ」
小谷「そうですか? ありがとうございます。だけど、自分では自覚があるんです。たまに周囲の空気が読めないとか、読めないから疲れてしまいます。それに加えて、音とかに敏感で、長く集団生活をしてたんですが、集団が苦手でもあるんです」
津田「だから、騒々しい所が苦手だったりするんよね。普通に過ごしている“ぶどうの家なら”良いけど、イベントがあったりとか『ワー!!』と人が賑やかになると少し苦しくなるんよね?」
小谷「確かに疲れます。嫌いじゃないんですけど楽しめないんです。本当は楽しみたいんですけどね。僕も、僕の障害で、それを利用して『こうだから気を使ってくれ』とか言いたくないんですよ。だから、この仕事を通して、とりあえず集団に馴染もうと考えました。その為に、掃除の仕事を通して働いているわけですから」
津田「じゃけん時々、自分をコントロールするために『ワー』となってくると静かな所に移動したりとか、音楽を聴いたりとか、そういうことをしているということね」
 
    
小谷「限界を超えちゃうと仕事にもなりませんし、周りに迷惑をかけてしまうと思って。
で、限界を超えそうなときは一旦自分の方から離れたりして、周りの方に迷惑をかけないようにするという事を今、心掛けています」
津田「限界点が段々上がるようにと思って努力してるんよな今?
最初はこのくらいの煩さでダメだったけど、もうちょっと上がるもうちょっと上がるって、ちょっとずつ限界点を上げる努力をしてるということなんよな?」
小谷「そうですね。今、正にそういう段階ですね。でも、皆さん良い人なんで『慣れて欲しい』『煩い所が苦手だったら移動しなさい』と言ってくれます。
『小谷は小谷で良いんだから、もっと気軽に相談しに来なさい』『助けが欲しいときは直ぐに言って』とか、皆さんがなぜ、そこまで言ってくれるのかいつも考えてます」
津田「哲ちゃん“考える人”じゃもんなあ」
小谷「もう、メッチャ考えるんですよ」
野田→小谷「そうなると、気も使って大変でしょう?」
小谷「だからこそ、1人になりたいんだ・休息したいんだとなるんですが、今はそれを言えるようになってきたんですよ。前はそれを隠してたんですよ。悪いと思って。
でも、ここに来てから溜め込むよりは言ったほうが良いし、辛いんだったら早めに言った方が良いし。それで、何か嫌なことを言われたとしても、それでも自分を優先しなきゃって」
津田「かなり変わってきたよね。最初、ここに就職するときに、3つ約束したんよな。それを哲ちゃんずっと覚えてくれてて、今も守ってくれてるもんね」
三つの約束
① 挨拶ができる
② 時間を守る
③ 嘘をつかない(小谷は、これが一番重要と言う)
小谷「その“嘘をつかない”というのは先に僕が言ってたように、たとえ自分が苦しくても、無理して自分を押し殺してまでも人のために頑張るんじゃなくて良いということ。『滅茶苦茶しんどいんで休ませてもらえませんか?』と言いよう心掛けています。かなり言えるようになりました。他の人も大事なんですけど、それ以上に自分も大事にしなきゃって」
野田「なんか、凄い! ものすごく理論武装できている気がする。で、今こうやってて、気は使ってるの?」
小谷「だいぶ気は使ってはいますね」
野田「社長がいるから、こんなこと、あんなことは言えない。みたいなことは?」
小谷「それはないです。今、言ってることは自分の本音ですから。津田さんと面接で出会ってから以降、自分なりに充実感ありますから」
野田「そうなんだー。だけど、なんでここに面接へ来たの?」
小谷「実は、ここへ来る前は個人で清掃業を行なってる会社に勤務してました。で、そこの社長さんと上手くいかなくって…… 話を聞いてもらっても『そりゃあ誰でもあるから、とりあえず頑張れ』とか、全然僕の気持ちを聞いてくれませんでした。あと、帰りもすごく遅くって結構ハードワークな会社でした」
野田「出勤退勤時間は?」
小谷「それがバラバラで、現場によって時間帯が異なるんです」
野田「シフトが決まってなくて、今日になって明日は何時から とか?」
小谷「そうなんです。休みもまともに取れなくて、予定も立てられない状況でした。
で、そんな事情もあって自分から会社を辞めました。その後、3ヶ月ほど時間が経ちます。
3ヶ月間、何もせずにボーとしてるときに、知り合いから“ぶどうの家”で職員募集してるから受けてみないか? と声掛けしてもらったんです。
ただ、介護の職場だと知ったとき『僕、流石に人の面倒をみたりだとか、ご飯を食べさせたり入浴の手伝いをしたり、食事を作るということもできんのじゃけどなあ?』と一度は断りを入れたんです。でも、会社の車を洗って欲しいとか、清掃関係の仕事ができる人をお願いさされているということで応募させてもらいました」
野田→津田「そんな募集もしてるんですね?」
津田「そうじゃなくて、そんな話になってから改めて募集という形にしたんです」
小谷「募集より僕の面接の方が先だったような? 面接時『何ができる?』と問われて『掃除できます』と答えたら、会社の車とか施設の掃除をして欲しいと言われました。それプラス、食器洗いとか窓拭きとかも依頼されて引き受けました」
津田「落ち込むときもあるけどな? それでもよく頑張ってる」
 
    
津田「今は、総社のグループホーム(以後はGHで統一)じゃな」
野田→小谷「GHというのは、どんな形態のですか?」
小谷「C学園という所があって、そのC学園が運営しているGHがあるんですよ」
津田「障害者のGHよな?」
小谷「僕みたいな発達障害を持ってる人たちのためのGHです。アパートなので、その一部をC学園がGHとして運用してるんです」
津田「見回りしてくれる人もおるんよな?」
小谷「なんですけど、僕は見回りを断ってます」
津田「だから、哲ちゃんはC学園の支援も受けていて、でもバイクで仕事に通っていて恵まれてるよな。いっぱい応援してくれる人がおるんじゃもんな」
小谷「そうなんです。津田さんだけじゃなくて、GHの人たちとか、ここで働いている職員さんたちとか、みなさん良い人ばかりなんです。で、ときには厳しく、ときには一緒に笑ってとか。
でも、自分が大事なのは周りを変えるんじゃなくて、自分がどうしたいか?
だから僕はここに来て、自分を変えなきゃいけないと思ったんですよ。『皆がこうしてくれる』とかを期待するんじゃなくて、自分がどうすれば良いか? それを考えながら働かなければいけないんじゃないか?」
@正に模範的回答。ただ、この回答を聞きながら、模範であるが故に、小谷は言葉には尽くせないほどの苦労と涙を流したんだろうな? と想像しながら私は彼の声に耳を傾けていた。
 
    
野田→小谷「哲ちゃん、将来の夢は?」(私も親近感が湧いてきて“哲ちゃん”と自然に呼称していた
津田「ヘヘヘヘヘッ 大きよな?」(津田は自分のことのように嬉しそう)
小谷「大きいです。とはいえ、まだ決まっているとまでは言い切れないです。でも今、考えているのは、ここに長く働くことができたなら、週2日くらい働いて残りは自分の好きなことに使うかな? それだけです」
野田「自分の好きなことって何なの?」
小谷「音楽を聴いたりとか、パソコンでちょっと作業したりとか……」
津田「あれっ? 言わんのじゃ。あっちは言わんのじゃ」
小谷「僕、Web制作とかに興味があって、最近はSNS運用とかを勉強してます」
野田「エッ!! そりゃ凄い!」
津田「それを仕事にしたいんよな。Webデザインをな」
小谷「いつかWebデザインを本業にしたいんですけど、ここの仕事もやれるとこまでは全力でやって。
ただし、基本はWeb制作とかSNS運用とか、パソコンを使った仕事を本業としてやっていけたらな。
今は準備というか、どうしたいか? が具体的に決まってない状況なんですけど、これが僕の、現時点での未来への夢になります」
野田「そうなんじゃ。話は大きく逸れるけど独身だよね? 彼女いるの?」
小谷「独身です。彼女はいません」
野田「ということは、ご家族は? ご両親は存命?」
小谷「いえ、もう僕の家族はいません。天涯孤独というヤツです」
津田「哲ちゃん、お父さんの顔は知ってる?」
小谷「父の顔は、一応は覚えているんですけど」
津田「お母さんとはちょっと暮らしてたんよな? 短い間」
小谷「B学園で暮らしてるとき、母が写真を送ってきてくれたんですよ。で、その写真を見ると、赤ちゃんの僕を母が抱っこしていました。父とは僕の誕生日にツーショットで撮ったのがありました。
もう、今は持ってないんですが、それらの写真を見て、顔は記憶にあります。
ただ、母が一度、再婚したんです。再婚する前の父が亡くなってしまい、母が再婚。
そして僕の苗字も変わりました。小谷になりました。でも、再婚した父も病気で亡くなり、母も亡くなり、家族は誰一人いません」
@津田も私も、うんうんうん と頷くばかり。
津田「哲ちゃん曰く、家族のような仲間もできたしね」
小谷「最初は凄く欲しかったんですよ。家族みたいな存在が。自分で結婚をして家族を持つんじゃなくて、こういう“ぶどうの家”みたいに、いろんな人がいてワイワイ会話をしている。
そんな中、ときには叱ってくれて、ときには励ましてくれたりとか。そういう環境で仕事がしたい、そういう環境にずぅっと居たいと思っていました」
野田→小谷「哲ちゃんさあ、社長への要望などあれば?」
小谷「要望は1つだけ。これはまだ先の話というか、もし“ぶどうの家”のホームページとかSNSとかのフォロワー数を上げたいとか、新たにホームページを制作したいとなったときは是非とも僕に声掛けして欲しいです。募集案内のチラシを作ることとかも」
野田「そりゃあ、いいや。哲ちゃん、“ぶどうの家”のホームページの中にある、これから哲ちゃんを取り上げようとしているこの企画。これが“ぶどうの家の職員さんたちにもほとんど周知されてないんだよね。だから、哲ちゃんからも周知して欲しいんだけど?」
小谷「まだまだ勉強不足で今すぐにとはいきませんが、ボランテイアとかで参加させてもらいます」
野田「お金貰おうとするなら実績が必要だから、ここでボランティアを通して実績を作るというのはベターだね。失敗しても大事にはならないでしょ」
津田「哲ちゃんが、職員さんを捕まえてはスマホを差し出して『この企画、面白いですよ』って言ってくれれば助かります。先だけど、哲ちゃんも登場するんだから」
小谷「了解いたしました」
@この後、津田と小谷はお互いのスマホを確認し合いながら、この企画の周知徹底について話し合っていた。
 
    
津田「村上さんは、お母さんの介護をしながら働かれてます」
村上「10年ほど前に脳出血で倒れたんです。そこから車椅子です。杖でも頑張ってたんですけどね」
野田「ということは、この後に帰宅されたらお母さんの介護?」
村上「お風呂入れたりします」
野田「そりゃキツイ! 大変ですね。だけど、自分の母親を介護するのと他人様を介護するのでは気持ちの部分で異なりませんか?」
村上「違いますけど、母はまだ認知症とかはなくて、身体が不自由なだけで人間としても母としてもシッカリしているんです。なので、意思疎通は以前のままだから特別な苦はありません」
野田「お母さんが村上さんを拒否されることはないんですね」
津田「シッカリされてるもんな」
村上「私が仕事から帰ると母が気を使うんです。『疲れてるじゃろうから今日はお風呂入らんでいいよ』って」
津田「優しいよなあ」
野田「といこうことは、勤務後に友人と飲みに行くなんて難しいですね?」
村上「飲みに行くとか飲み会には基本的に出ません。遊びに出るのは昼。夜は母の介護。このルーティンでやってます」
津田「でもな、夜勤もちゃんとやってくれるし、そこは本当に助かってるんよ。夜勤できるかできないか? で、人手不足のここの現状も大きく変わるから。お母さん、理解あるよなあ!」
村上「身体は不自由だけど、母と父で料理はやるんです。だから、在宅介護をしてるといっても大袈裟なもんじゃありません。母もまだ72歳ですから」
野田「じゃあ、そんな現場の主導権を握ってるのは村上さん? お父さん?」
村上「私? やはり母のような気がします。本当にシッカリしてますから」
最後に
この文面を纏めるにあたって、スマホの録音機能で数回は聴いていたものの、改めて記している最中、哲ちゃん(小谷)の壮絶な人生に目頭が少々熱くなった。ご両親の顔を写真でしか知らない。
それを淡々と語れるようになるまでの過程を想像すると、私などには異次元の世界。
まだ28歳。夢が叶いますように!