[第9回]

ぶどうの家 事務長・奥野和正(59歳)


ー2025年8月21日ー

はじめに

 

奥野が介護と接点を持つようになったのは“ぶどうの家”に事務職として入職してからだ。とはいえ、介護の現場職ではないので「ふかぼり」という視点では微妙なような? 

しかし、結果的には介護とは別社会で生きて来た経験・知識・知恵から湧き出る「広角(こうかく)」からの視点で捉えた思考と検証は新鮮だった。

津田「始めます。事務長の奥野さんです。で、奥野さんからみて“ぶどうの家”ってどんな所ですか? 遠慮なく思うがままに言ってください」

 

奥野「私は3年ほど前に転職してここに来ました。で、特に感じたことは職員の方が皆さん優しい。
それと、私は介護とは無縁な人生だったので『これは大変な仕事だなあ!』 と実感したのが素直な感想です。

そして大変な仕事でありつつ、やはり人間はいつまでも若くあるわけではないので必要な仕事であると改めて認識しました。
なので、職員はもっと自身の仕事に対してプライドを持って欲しいなあ! とは思っています。
社会に大きく貢献している仕事ですよ。威張るということではないんです。自分の仕事へのプライドです」

 

津田「いつも奥野さんは言ってくれるよね。『もっとスタッフがプライドを持てば良いのに』って」

 

奥野「やはり介護って難しいですよ。どんな立派な方でも、著名な人でも『介護ができるか?』となると出来ないですよ。
無理です。いつだったかなあ? 入職してしばらく経った頃かな? 利用者さんが椅子から少しズレて座ってらしたんです。ザワザワしてて人手も足りずでしたから見守りを事務方にも依頼され私が見守ってました。

で、利用者さんが椅子から落ちると怖いなあ! と思い、私は椅子の真ん中に戻ってもらおうと私なりにチャレンジしてみました。動かせないんですよ重くて。下手に力を入れて動かせば痛がられるんじゃないか? 
模索し、考えはするんですがそれ以上に事態は改善されません。そこへ職員が戻って来てくれて、ササっといとも簡単に定位置へ。どんな手法か? 分からずじまいでした。
ただ、ズボンをちょっと引っ張りあげただけのように見えましたけど、介護のプロを見たようで驚いた記憶があります。こんな簡単にやってしまうんだ!って」

 

津田「そんな経験があったんですね。でも、ズボンを持つのは良くないかな?」

 

奥野「えっ! そうなんですか? それは要らんことを言いました」(津田と奥野 爆笑)

 

津田「でも、確かに『誰でも出来るじゃろう』みたいに世間では思われてるんだけど、実際はそんな簡単ではないんですよ。介護技術。認知症の知識。高齢。食事etc。広く浅く全般に渡る知識を持ってないと出来ないのが介護だから。それを現場で実践するとなると本当に難しいよね」

 

奥野「感じましたねえ。本当に! 職員も利用者さんも、いろんな人がおられます。誰しも利用者さんに“心地よく過ごして欲しい”と動いてるはずですが、スタッフと利用者さんが一体感というのか? ちゃんと息が合うというのか? そこは難しいだろうなあ! ということも強く感じます」

 

津田「でね、奥野さんが『皆がもっと介護に自信を持ったら良いのに』って思うのは、介護の現場でどんな場面と出会ったのか? 『自信がないんだなあ?』みたいに思うのは、介護の現場のどんな場面と遭遇したのか? 奥野さんが思うところは?」

奥野「どう表現したら良いのかなあ? 
繰り返しになるんですが自分の仕事にプライドを持つべきと。
あくまでも私の感覚からですけど、プライドを持って働いてる方がどれほどいるのか? 

やはり、ずっと介護しかしていなかったとしたら“自分の仕事が価値があるのか?” “社会への貢献度は高いのか?” 等々を正しく認識できないのかなあ? と想像したりもします。

だけど、私のように外部から来た人間、介護から遠い場所から来た人間からすると、現場を見てると本当に凄いですよ。特に“ぶどうの家”の経営方針はキチッとしてますし、単なるお金儲けだけじゃない。

利用者さんを最優先に考えて、それを実践するノウハウを取得すために職員の勉強会を怠らない。

 

そんな“ぶどうの家”を誇りに思い、もっともっとプライドと自信を持って『自分の勤めている会社はこうなんだ』って声に出しても良いんじゃないですかね」

 

津田「そういう経営方針をスタッフは知らないのかなあ? 私もちゃんと伝え切れてないのかもしれんなあ?」

 

 

奥野「今、事務所にも貼ってありますが“ぶどうの家の理念”。三喜(ぶどうの家)の職員になった以上は空で言えるくらいであって欲しいですし、改めて肝に命じて欲しいなあ! とは思います」



 ぶどうの家の理念

 

1 とことん在宅にこだわる

2 自分たちの都合で投げ出さない

3 目の前のその人を支える

 

4 どんな風に暮らしたいか一緒に考え楽しむ


津田「理念については必ず全員に伝えはするけど、文章が、文字が素朴で簡単なだけに余計に難しいんよな」

 

奥野「簡単というのは確かにそうなんでしょうけれど、でも、分かりやすい文章だと思いますよ。つまり『当たり前のことを当たり前にするんですよ』みたいな文章ですから、私は良い、というか好きですね」

 

津田「とっても良い理念だと思ってる。で、あれを噛み砕いて更に理解して自分のモノにしていくっていうところが凄く難しいんだろうなあ? とは思うなあ」

 

奥野「当たり前のことなんでしょうけれど、自分の気持ちと行動が伴わなかったりチグハグだったり。実践・行動となると難しい」

 

津田「当たり前のことほど難しかったりするしな」

 

奥野「そうなんですよね。それ、本当です」

 

                                             

 

津田「奥野さんは以前、どういう関係の会社にいたんですか?」

 

奥野「建設とか機械を扱う会社でした」

 

津田「介護とは全く異なる世界。そこで働く人たちは、自分の仕事にプライドは持ってるん?」

 

奥野「そうですねー 何がしかは持っていたような気はします。ただ、やはりいろんな方がおられます。男性が多い職場でしたけど、皆が皆、プライドを持ってたか? となると自信はないですけど」

 

津田「介護の世界と建設機械の世界と比べて、介護の世界の人の方がプライド感が低いと奥野さんは感じ取っているんだ。なんでだろ?」

 

奥野「その根拠を明白にと問われれば簡単ではないですけど、自分たちで“介護は誰でも出来る仕事”という風に決めつけてるところもあるのではないでしょうか? 長くやってる人ほどに。とはいえ、実際は違う。誇れる仕事なんですけど、それをどう理解して意識化していくか。威張らず、謙虚な人が多いのかもしれませんね」

 

津田「介護の仕事って難しいけど“歓び”を感じることだって日常なんよ。
その人が当たり前に暮らしていくのを最後まで支え切る技術だったり、思いだったり、プライドだったりというのは凄いと思うんよ。

そういうのがあって、その人が当たり前の暮らしの中で当たり前に最後を迎えるっていうときが来るから『ありがとう』って周りからも言われるんだけど、あまりにも当たり前すぎて、そこのところが『あたりまえじゃん』となって、自分でもそう認めてしまい周囲からの評価も低くなるんかなあ?」

奥野「その辺り、私にはちょっと分かりません。ただ、たまたま昨日のことなんですが施設を出られる方が挨拶に来られましてね。

 

『お世話になりました』と丁寧にご挨拶されてご家族と帰路に向かわれました。

 

ちょうど津田さん不在でしたけど、ああいう光景と出会うと感謝してもらえてるんだなあ! と感じ、歓びに繋がりますよね」

 

津田「そうかあ! 機会があれば、そういう奥野さんの気持ちを現場の人に伝えてもらったら良いかもしれないな。事実、あまりにも周囲・世間から評価される機会が少ないのかもしれない」

 

奥野「それはあるかもしれませんね。そうそう。一度、ある職員さんと雑談しているときです。

 

『私、介護とは無縁の世界から来た人間なんです』と前置きして、『例えば食事をする。歯磨きをする。いろいろ利用者さんの介助をする。

 

私だったら全てをしてあげようとする。それが親切だと信じていました。でも、ここの職員さんはできることはしてもらうという姿勢。

 

何を?どうすればこの利用者さんにとってよりベターな介護なのか?

 

全てを職員がやってしまう方が楽なはずなのに、利用者さんにとっての最善を考えてる皆さんが素晴らしい。嫌われることも厭わない。すごく感銘を受けました』。かいつまんで言うとそんな話しを雑談中にしたんですが、職員さんからは『そんな風に見てくれてたんですね』って喜んでくれたんです。見たままの事実を語っただけなんですけれどね」

 

津田「凄い難しい。利用者さんに自分の出来ることをやってもらう、ということは。利用者さんにしたらやってもらったら嬉しい。スタッフにしたら、自分でやっつけてしまえば早くて楽で簡単。やって差し上げた感で満足もできるし。でも、そこを敢えて、どうすれば頑張れるか? を利用者さんと一緒に考えるのは知識も知恵も必要だし、忍耐も」

 

奥野「自分で出来ることはしてくださいよ。ですね」

 

津田「古いスタイルの介護なんかもしれないけど、そこは厳守していきたいし、いかなければならないんよ」

 

奥野「確かに! それは譲れませんね」



津田「さてさてと。奥野さんが私に対して、要望とか希望、苦情や文句。あれば教えてください、遠慮なしで。これ、皆に聞いてることなんよ」

 

奥野「エッ!? これは難しいなあ! 給料、下りませんか?(2人爆笑)。
そうですねえ、苦情とかは特にありません。私、今の経営スタイルで良いと思いますよ。

ほとんどの会社では社長という肩書き上、皆から社長 社長と呼ばれ、現場からの報告だけを受ける人がほとんどでしょう。とはいえ津田さんの場合、現場で先頭に立ってやられますから。

洗い物からね。最初、社長が洗い物? って驚きましたよ。

現場の職員と同様の事をされる。それを見ていろいろと声はあるでしょうけれど、私は尊敬します。

こんな流れになったので、私が面接に来たときの事を思い出しました。

普通一般であれば『社長おはようございます』と、その日朝一番の出会いであれば気合いを入れた挨拶を職員はしますが、ここでは津田さんを“社長”と呼ぶ人は少なくて、ほとんどの人が“津田さん”ですね。

中には『あっ! おはよう』の声と同時に手を上げたりする人もいて、私は『エッ!? なんだこれは』となった記憶があります。面接の日で“ぶどうの家”に対しての免疫はありませんでしたから“びっくり仰天”“摩訶不思議”な世界に飛び込んだ気分でした。つまり、私が言いたいのは、ファミリー的な施設を作られたんだなということなんです

津田「なるほど、なるほど」

 

野田→奥野「奥野さんの考察は過去に出てこなかったし、今後も出て来そうにないと思うのでとても勉強になりました。で、これからの“ぶどうの家”に、希望とか要望などあればお知らせください」

 

奥野「事務所内だけで言えば、ここは職員間の風通しも良いんで特にないですね。穏やかで和んでますし、このまま継続できればと思います」

 

 

野田→奥野「ところで、会社単位で考えるとき、異動とか移動ってそれこそ当たり前じゃないですか。もし、もしですよ、津田さんから奥野さんに『現場も知っておいて欲しいから一週間だけで良いんで現場のお手伝いしてもらえませんか?』と言われたらストレスでしょうね? もちろんオムツ交換もすることが前提で」

奥野「ストレスです。現場はちょっと無理だと思います。ただ、現場って時々、なぜか職員が全くいないという空間ができることがあるじゃないですか。マンツーマン対応がアチコチで勃発すると。そんなとき『ちょっとお願い。見てるだけで良いから。なんかあったら呼んでください。直ぐに来ますから』って。でも、怪我をさせたら他、不安でなりません。なにか起こった後では取り返しつきませんから。私たち素人に、介護はそんな簡単にできることじゃないんです」

 


最後に

「介護職よ。自分の仕事にもっとプライドを持て」

今回の「ふかぼり」は“プライドの”一語に尽きた。冒頭の“はじめに”で「ふかぼり」というより「広角」と記したが、訂正した方が良い気もしてきた。なんせ、奥野からの言葉はど真ん中への豪速球だったから。

 

PS

プライドを改めてYahooで検索した。

「プライドの 意味」の AI回答

プライドとは、自分の才能や個性、業績などに自信を持ち、他人から正当に評価されることを求める気持ちのことです。誇り、自尊心、自負心といった意味合いを持ちます。

 

プライドは、良い意味にも悪い意味にも使われます。

 

 良い意味のプライド

・自分の能力に誇りを持っている状態

・尊敬や尊重の意味での矜持や自尊

・仕事や家族に対する誇り

 

 悪い意味のプライド

・高慢、うぬぼれ

・自分の非を認めない

・周りの人を認めない

 

 

プライドを保つことは大切ですが、高すぎるプライドは人間関係に悪影響を及ぼすこともあります。
状況に応じて、プライドをコントロールすることが重要です。